中国の男性同性愛概観

出会い

同志吧が同じ嗜好の男性との出会いの場になっていることはすでに紹介した。

しかしインターネットが普及した今日、中国においてもネットを通じたパートナー募集も盛んである。

検索エンジンに「同志交友」、「男同交友」などのキーワードを打ち込めば男同の交流サイトがヒットする。

そうしたサイトにどのような書き込みがあるかいくつか紹介しようと思うが、その前に用語の説明をしておきたい。

同じ嗜好をもった人々の世界には、その世界の用語が生まれる。

暗訪記事の要旨を紹介した中のMBや、0号、1号というのも、そうした用語の一種である。

MBは男娼。つまり有料で性的な奉仕をする男性を指すことばである。

なぜMBかと思って調べてみると「Money Boy」の略であることが判明した。

これは恐らく和製英語ならぬ中製英語であろう。

また中国の男同の世界では「受」すなわちネコを「0」、「攻」すなわちタチを「1」と表記する。

1号、0号と「号」を付記する場合もあるが、それはサイトごとの趣向であろう。

ネコもタチも両方可能という人も多く、その場合は10または0.5などと表記する。ここから派生して1069という表記もある。

これは10つまり「タチ・ネコどちらでも可」であり、かつ69つまり「オーラルセックス可能」という意味であるが、実際には「どんなプレーも可能」を意味する記号である。

数字を用いたものとしては419という用語もある。これは「for one night」で一晩限りの関係を望むときに用いる。

このほかにも多くの「男同用語」が存在するが、1と0の意味を理解していればパートナーを募集している男性の嗜好がおおよそ推測できるのである。

パートナー募集のメッセージは次のようなものである。

23歳、0号、浙江省温州出身、上海在住
僕は男らしいおじ様タイプが好みです。率直に言いますが、お金もち以外はお断りです。

29歳、0号、山東省徳州市出身、北京市在住
好きな人と一緒にいられるとは限らない、一緒にいられる人こそあなたにとって最適な人なのです。

26歳、1号0号どちらも可、江蘇省蘇州市出身、上海市在住
相思相愛のBFが欲しい。自分たちの家で楽しく過ごしたい。僕の条件は悪くないですよ。僕にふさわしい人を待っています。年上の人、C、ルックスが悪い人でもかまいませんが、写真かビデオを添付できない人はお断りです。

BFはボーイフレンドの略である。Cは女性的な人を意味する男同用語である。性格が女性的であったり、女装している人はCであり、Cを好む人もいればCを受け付けない人もいる。「不C」などと書いてあれば、Cはお断りという意味になる。

32歳、0号、重慶市出身、重慶市在住
友達から始めましょう。セックスが目的です。子供はお断り。

33歳、1号0号どちらも可、湖北省武漢市出身、広東省在住
愛する人を待っていますがいまだに会えません。でもまだ待つつもりです。私は30歳から45歳の中年のかたとおつきあいしたいです。マッチョで心の通じ合うかたをお待ちしています。

21歳、1号、広東省広州市出身、広東省在住
心のきれいなぽっちゃりした人を待っています。痩せた人はお断り。ははは

男同の出会い系サイトには以上のようなメッセージが無数に並んでいる。

出身地も現住所も中国各地に散らばっている。

性行為を目的とした出会いを求めているのは少数で、多くの場合は精神的なパートナーを探しているようである。

年齢層は10代後半から40代までで、老人と言えるような年齢の人は見当たらなかった。

こうしたメッセージを残している人の中には顔写真をアップロードしている人も少なくない。

また職業として軍人、警察官、消防士などと書いている人も多数いる。

おそらくこうした職業は男同に人気のある職業であろうから、出会いの確率を上げるために虚偽の情報を示しているのかもしれない。

付記

古代から連綿と続く男同の伝統は現代中国においても力強く生きつづけている。

歴史を振り返り今日の状況を観察すれば、人間社会には男性を愛する男性は常に存在するのだと思わざるを得ない。

つまり男同はおそらく自然な存在なのだ。

問題は人によって嗜好が違うという点である。

かつての中国では男同は支配・被支配の図式の中に押し込まれていた感がある。

年長の社会的強者である男同が若い社会的弱者を弄ぶという図式である。

もちろん相思相愛の形も存在したが、強制された性欲への奉仕も多数存在したのだ。

こうした強制は男同の嗜好があったとしても苦痛であろうし、男同の嗜好がない者にとっては地獄絵図以外の何者でもない。

現代中国においては強制的な男色はもはや過去の話である。

今では同じ嗜好を持つもの同志が互いの自由な意思に基づいて愛し合っている。

今や中国には夫婦同様に暮らしている男同カップルも存在するのだ。

さらにインターネットの普及により自分の嗜好に合った相手を探すことが容易になっているため、男同は自分の嗜好を抑圧することなくパートナーを得ることができるようになった。

もはや男同は孤独でもなければ疎外されてもいないのだ。

現代中国は男同にとっては自分の嗜好に忠実に生きられる平和で快適な社会なのである。

Posted by YangShiCui

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