中国の男性同性愛概観

分桃

中国には男同の婉曲表現がいくつもある。

そうした表現にはもちろん由来があるのだが、その由来を知ることで古い時代の中国における男同の位置づけが浮かび上がる。

男同を表す最も有名な表現は「分桃」であろう。この言葉は次のような話がもとになっている。

紀元前6世紀ごろ、衛の国に弥子瑕(びしか)[mí zi xiá]という美青年がおり、霊公の寵愛を受けていた。

ある日、果樹園を遊覧しているとき、弥子瑕は桃を口にした。

甘くておいしいので食べかけの桃を霊公に差し出すと、霊公は「私を愛するあまり、自分で食べずに私に分けてくれたのだね」と言った。

男色関係にある霊公と弥子瑕が桃を分けて食べたことから「分桃」は男同を意味する言葉になったのである。

なお、この話には続きがある。

時がたち、弥子瑕の容貌が衰えると、霊公は「弥子瑕はかつてわしに桃の食い残しを食べさせおった」と非難したのである。

この故事を「余桃の罪」といい、一般的にはむしろこの部分が話としては有名である。

桃を分け与えたという同じ行為に対する評価が全く変わってしまう。

それは霊公の弥子瑕への愛情が変化したからである。

韓非子はこの故事を紹介してから、物事を説くときは相手の愛憎の動きを察して説くべきであるとする。

つまり韓非子が言いたかったのは前半と後半の対比なのである。

愛されていた者が後に疎まれるというストーリーは、一方が男性であれば、もう一方は女性であってもおかしくはない。

そういうことは今でも昔でも大いにありうるはずだからである。

しかし韓非子は男同の例を選んだ。男同は当時それだけ一般的だったからであろう。

Posted by YangShiCui

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