中国の男性同性愛概観

女装

男風が「攻」と「受」で成り立つのだとすれば、受はいわば女役であり、男風には男性の女性化が包含されることになる。

実際、昔の中国においては、男性が化粧し女装する風潮がたびたび見られたのである。

また女装そのものを行う美男子が男同の男性たちを性的に刺激興奮させたことも想像に難くない。

中国医学史において五石散を流行させた男として知られる何晏(かあん)という人物がいる。

何晏は3世紀、魏晋時代の貴族であり絶世の美男子として有名であった。

何晏は化粧し、女装していたといわれている。

何晏自身が男同であったわけではないが、何晏が主宰するサロンに集まる男性の中には何晏に性的な興奮を喚起される人士が含まれていたとしても不思議ではない。

何晏の時代には男が女装する風潮は決して珍しいものではなく、貴族はもちろん一般民衆のなかにも男が化粧し女装する流行があったようである。

また清代には京劇役者のうち女形をつとめる男性は多くの場合、男同である有力者に買われる存在であった。

女形も男性の女装であり女性化である。

美少年、極端な場合は美しい男児を好む孌童が中国古来の男同の典型的なスタイルのひとつであることは間違いないが、女性化した男性を好むのも、もうひとつの典型的なスタイルなのである。

もちろん偉丈夫、強壮な肉体をもつ男性的な男性を好む男同の記録もなくはないが、攻と受の役割が明確な関係が圧倒的に目立つのである。

これは社会的な強者の側に立つ男同が「攻」として弱者である男同を支配する関係から生じる必然だったのかもしれない。

ただし強者・弱者、支配・被支配の関係がない対等な立場の男性同士のあいだにも男風の広がりは存在した。

特に中国の南方、福建省などには男性同士が夫婦のように生活する風習があったようである。

そのせいか、中国には南方が男同の発祥地であるとする考え方があり、男風を南風と呼ぶこともある。

Posted by YangShiCui

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