奇跡
Hは直ちに張掖市人民医院に搬送された。第1の事件と同様に、犯人は性器から手を挿入して腸を引きずり出していた。
ただし第2の事件は第1の事件とは異なっていた。発見が早かったのだ。
大きな傷害の後では、治療開始までの時間が明暗を分ける。
Hは被害を受けた直後に発見されたため、治療開始が早かった。腸を引き出されるという恐るべき被害を受けたにも関わらず、緊急手術の結果Hは一命を取り留めたのだ。
ただし小腸の3分の2を失い、消化吸収の能力が極度に低下してしまった。少量の流動食以外を食べることができない体になってしまったのだ。
若くして出稼ぎをしなければならなかった貧しい境遇のHにとっては、労働の能力が極度に低下したことは大きなダメージである。
しかも性器の損傷が激しく子供を産むこともできなくなってしまった。
子孫を残すことを至上命題とする中国社会では、出産の可能性がない女性が結婚できる可能性は、ほぼゼロなのである。
数回の手術を含む治療には4万元の費用がかかった。Hの家族にはこの代金を支払うこともできなかった。
命は助かったが、以後の生活には大きな困難が待ち受けていたのだ。
この前代未聞の事件は中国国内だけではなく、海外の華僑のあいだでも大きなニュースになったそうだ。
その結果、Hには寄付金が集まり、さらに病院は治療費の免除を決定した。
当サイトが収集した資料によると、寄付金の総額は10万元ほどだそうだ(後に増えている可能性はある)。日本円でおよそ160万円。
中国の農村部なら10万元あれば当面の生活には困らないが、先々のことを考えると全く安心はできない。
この事件の影響は今後も続くことになるのだ。
威信をかけた捜査
これほど大きな事件が発生すると捜査機関へのプレッシャーは相当に大きい。
しかも公安の上層部は「限期破案」を命令した。つまり一定の期間内に事件を解決するように命じたのだ。
しかし言い方は悪いが、現地の公安は「田舎の警察」であり、捜査手法の基本は「現行犯逮捕」であったそうだ。
犯行動機も不明で目撃証言も遺留品もない事件の捜査は難易度が高い。
唯一の突破口は被害者Hの証言である。
Hが意識を取り戻した直後に公安は聞き取り調査を行った。
しかしHは犯人の顔をはっきりと見てはいなかった。
Hは公衆トイレに向かう途中で急に後ろから首を絞められたそうだ。
しかし周囲が暗かったため、かろうじて犯人の輪郭がわかる程度であったという。
首を絞められてからしばらくすると気を失ってしまったため、その後の記憶は全くなかった。
Hの証言は捜査の進展にはほとんど役に立たなかったのだ。
類似案件
公安は過去に発生した事件の中から類似の案件を探し始めた。
この調査の中でQという人物が浮上した。
Qは18歳の時に窃盗団に加わり検挙されたことがある前科者だ。この時は有期徒刑(日本の懲役に相当する)6年の判決を受けて服役している。
出所後に麻薬中毒になり、2度労教所に収容されている。
労教所はいわゆる労働改造を行う施設である。労働改造は中国が旧ソ連から引き継いだ世界でも珍しい制度であったが、2013年に廃止された。
服役と労教所収容の経歴をもつQは、日本の感覚でいえば前科3犯に相当する。公安の目から見れば、それだけでマークすべき人物であった。
このQは第1の事件の3月ほど前に理髪店で警察沙汰を起こしていた。
店の女性と口論になり、女性を殴ったのである。
女性が通報したため公安の職員が出向いたが、どうやら一方的に殴ったのではなく、双方が手を出していたらしい。
ケガの程度も大したことがなかったので、公安職員は治療費として数百元を払わせ、それ以上の追及をせずに処理していた。
これだけならQが殺人事件の被疑者になることはなかったはずだ。しかしこの話には続きがある。
Posted by 編集長
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