肉を削ぎ取り緩慢に殺す戦慄の酷刑「凌遅刑」の恐怖

凌遅刑

かつての中国には、熱く焼いた金属の橋を渡らせる焙烙刑や、生きたまま腸を引きずり出す抽腸など、恐るべき酷刑が存在した。

しかしあまりにも残酷な刑は次第に廃止され、伝説的かつ歴史的な存在となって行った。

だからと言って全ての残酷刑が廃止されたわけではない。

中国の歴代朝廷は、残酷刑による威嚇の必要性を忘れたわけではないのだ。

そのためには最も威嚇効果が強い残酷刑をひとつだけ残しておけばよい。それこそが凌遅刑(りょうちけい)なのである。

凌遅刑の「凌遅」は、本来は「ゆっくり山に登る」という意味である。

死刑の執行において「山の頂上」とは受刑者の絶命を意味する。その頂上に向かってゆっくり進むのが凌遅刑の恐ろしいところだ。

できるだけ時間をかけて絶命させる。それを晒して恐怖心を煽り威嚇効果を高める。それが凌遅刑の本質的な目的なのである。

遅くとも宋の時代には凌遅刑が正式な刑罰として明記されていたと言われている。ただしそれ以前にも支解、磔という表現で同じ刑が執行されていたとする説が有力だ。

宋以後の中国では清の時代まで一貫して凌遅刑が正式な刑罰のひとつとして明記されている。

凌遅刑は極刑であるから単純な死刑とは異なる。原則として大逆、不道と呼ばれる特別に重大な犯罪に対して執行される刑であった。

凌遅刑の執行方法

凌遅刑の執行方法は時代や地域により少しずつ異なっていたようだ。また死刑執行人による流儀の違いもあったそうだ。

例えば「八刀」という方法を用いる死刑執行人は頭部、手足、首の順に肉を削ぎ取ったと言われている。

肉の削ぎ方には特別な方法があり、それは師匠から弟子へ伝えられる秘技であったそうだ。

死刑の執行には受刑者を苦しめる方法と苦しめずに殺す方法があるという。

死刑執行人はふたつの方法を使い分けることによって利益を得ることができた。つまり賄賂を渡せば苦しまずに死ぬことができたのである。

ただし見ているだけでは執行方法の違いはわからない。その秘技は部外者には明かされない秘密なのだという。

遮目罩

凌遅刑の執行方法については別の流儀もあったようだ。

最初に太ももの肉を切り取る。これを祭天肉と言ったそうだ。次に頭に横一文字の切れ目を入れて、頭皮を引き下ろすように剥いでゆく。

引き下ろした頭皮で目が隠れたらそこで皮剥ぎを止めるのだ。これを遮目罩(しゃもくとう)という。

遮目罩は受刑者と目が合うと心理的に死刑執行を続けづらくなることから発明された方法だそうだ。

清代の執行方法についてはいくつかの記録が残されている。特に清末には外国人が写真撮影を行っているため、かなり詳しい資料が残っているのだ。

最初に胸の肉を切り取る。必ず左側の肉を切り取ると決められていたそうだ。
次に頭の皮膚を切り取る。
次に太ももの肉を切り取る。
次に腕と肘の肉を切り取る。
次にふくらはぎと膝の肉を切り取る。
最後に首を切り落とし、首は晒しものにして死体は専用の籠の中に投げ入れたそうだ。

この執行方法を八刀刑とも言ったようだ。

それぞれの部位を切り取るときに何回づつ切り取るかについては明確な決まりはなかったようだ。

例えば胸の肉を何か所も切り取ることもあった。そのようにすることで死までの苦しみを延長することができた。

凌遅刑は見せしめの意味合いが強い刑罰であるから基本的に公開された。公開処刑を中国では弃市(きし)と言った。

凌遅刑の別名を磔というので、併せて磔于市と言えば公開の場で凌遅刑に処すことを意味したのである。

Posted by 編集長 妙佛大爺

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