水鬼が引きずり込む

水鬼とは何か

中国では昔から事故死あるいは自殺した人の霊魂は生まれ変わることができないと考えられている。

生まれ変わることができない死者の霊魂は死亡した土地をさまよう。日本で地縛霊と呼ばれる存在は中国人の常識でもある。

そのような霊魂のうち水中に潜んでいるのが水鬼である。水猴という呼び方もある。

水鬼は永遠にその土地に縛られるわけではない。ある条件を満たすことによって転生することができる。

その条件が禍々しい。

水鬼は別の人を殺すことによって転生するのだ。なぜか?

水鬼が人を殺すと殺された人の霊魂が水鬼の身代わりとなってその土地に縛られるのだ。その霊魂と入れ替わることによって水鬼はその土地への束縛から逃れることができるのである。

水鬼は何十年も何百年も身代わりの人間を待っている。水の事故があったことなど忘れ去られるほどの年月が経ったとき、不用意に近づいてきた人間の命を奪い取るのである。

言うまでもなく水鬼に殺された人の霊魂は新たな水鬼としてその土地に縛られる。

この水鬼は今度は自分が転生するために遊泳中の人を溺死させたり、人を水中に引き込んで殺すのである。殺し方も残酷だ。水鬼は血を吸い取り目玉と指の爪を食いちぎって殺すと言われている。

この結果、その土地では水鬼が他人を犠牲にして転生するという邪悪な連鎖が続くことになる。

水の事故が起きた土地で似たような事故が起きやすいのは水鬼の仕業なのだ。

中国人が死亡事故や自殺があった土地を忌み嫌うのは単に「気味が悪い」からではない。その土地にさまよう悪鬼や水鬼に殺されることを恐れているのだ。

目撃談

現代中国には水鬼の目撃談は非常に多い。例えば中国の農村部で水鬼を目撃したという子供の次のような証言がある。

その人物が9歳のころ、近所の沼で水死事故があった。その直後に友人と釣りに出かけたときの話である。

友人が用を足しに葦の陰に行き、なかなか戻らないので様子を見に行くと、その友人は自分たちと同じくらいの子供と何か話をしていた。見知らぬ子供だった。

田舎の村に見知らぬ子供がいること自体がどこかおかしい。不思議に思って見ていると、その子供は突然友人の首を両手でつかみ、水の中に引きずりこんだ。

驚いて近づくと子供の手は黒く変化し、長い舌を出して友人の背中を舐めていた。目は暗黒色で顔面は腐乱し、歯は剥き出しになっていたという。

友人は水中に引き込まれ、やがて視界から消えてしまった。

大人たちを呼んで捜索が始まった。すぐには発見されなかったが、2日後に友人は死体となって発見されたという。

赤い髪紐

水鬼に関する話はまだある。これは中国南方の農村での話だ。

冬のある日。村人が畑で農作業をしていると、近くの小川で赤い髪紐をつけた男子が水浴びをしているのが見えた。

中国には地方によって「冬泳」という冬季に泳ぐ習慣がある。しかしその村には冬泳の習慣はなかった。また村には赤い髪紐をつける人もいない。

村人は水浴びをしているのは水鬼だと判断した。もともと村にはそのような姿の水鬼がいるという伝説があったからだ。

村人は自分の目撃談を仲間に話した。しかし誰もその話を信じなかった。伝説はあくまで伝説であり本気にする人などいなかったのだ。

ところが水鬼を見たという村人は数日後に死体となって発見されたのである。水鬼がいたというちょうどその場所で溺死していたのだ。

なぜその場所まで行ったのか、小川でどのように溺死したのか。誰にもわからないそうである。

奇形の猿

水鬼の本質は霊魂であるから目撃される姿は一定しない。

広東省のダムで目撃された水鬼は次のような姿だったと言われている。

体の大きさは人間の子供くらい。全身は毛に覆われていて爪は非常に鋭い。全体の印象は猿と人間を足して二で割ったようである。いわば奇形の猿だ。

余談であるが、このダムで水鬼が捕獲されたという情報が流れて中国全土が震撼する騒ぎが起きたことがある。捕獲された生物の写真も流出したため非常に注目を集めた。

一時期は水鬼は霊魂だという常識が覆され、未確認生物の一種であることが判明したかと思われた。

しかし流言に対して抑制的な中国政府は直ちにその情報を検証し、誤報であることを明らかにしたのだ。

これに似た水鬼の誤認事件は中国では珍しくない。

河童との関係

中国では日本の妖怪はよく知られている。水木しげるの名も有名である。したがって中国では河童の知名度もかなり高い。

中国には水鬼は河童と同じ妖怪であるとの説が存在する。この説は中国では定説化している。

しかし河童が自分の転生のために人を殺すという話は日本では聞いたことがない。

また水鬼の姿は中国では半分人間で半分は猿だといわれており、日本で一般的に言われている頭に皿があり背中に甲羅があるという姿とはかなり異なる。

やはり河童と水鬼は別の妖怪なのであろう。

日本に多数存在する河童のミイラの姿が、中国人にしてみれば水鬼を髣髴とさせるものであることから、日本の河童は水鬼であるとの説が広まったのだと思われる。