冥界からの使者牛頭と馬面

牛頭馬面とは何か

日本では牛頭馬頭(ごずめず)の名で知られる地獄の獄卒は中国では「牛頭馬面」と呼ばれている。

牛頭馬面はひとつの怪物ではなく牛頭馬面という二種類の怪物をまとめて呼ぶときの呼称である。

牛頭馬面は仏教に由来する怪物だが、もともとの仏教が説いたのは牛頭の存在だけであり、馬面についての言及はなかったという。

しかし中国に仏教が伝来すると、牛頭と対になる怪物としての馬面が現れる。つまり牛頭の起源はインド、馬面の起源は中国なのだ。

どちらも人の体に動物の頭部がある奇怪な怪物であり、冥界から魂を引き立てにやってくると恐れられている。つまり牛頭と馬面の出現は「死」を意味するのである。

これだけの話であれば牛頭馬面は単なる宗教上の架空の存在ということになる。ところがそれだけの認識では済まされない事件が現代の中国で発生しているのだ。

目撃談

現代中国には牛頭馬面を目撃した人が大勢いる。まず特殊な状況下で馬面を目撃した12歳の少女のケースを紹介しよう。

その少女はウイルス感染による急性心筋炎を患い生死の間をさまよった。医師からは死を覚悟しなければならぬと告げられるほどの状態に陥ったのである。

しかし幸いなことに少女は一命を取り留めた。病気から回復した少女が口を開くと家族は驚愕した。

少女は死後の世界について語り始めたのだ。

気が付いたとき少女は大きな宮殿の中にいて床に跪いていたという。そこには多くの人がいて同じように跪いていた。殿上には古い時代の服を着た人がひとりいて点呼をしていた。

少女はあまりにも体力が弱っていたので床に倒れてしまった。それを見た殿上の人物が「お前は誰だ、なぜここにいる、ここからつまみ出せ」と叫んだという。

すると牛頭と馬面が現れて、少女を門の外に放り出したというのだ。

少女の話は牛頭馬面の話を記憶していた少女の脳が作り出した幻影であると思われるかもしれない。しかしその時点で少女は生まれてから一度も牛頭馬面の話を聞いたことはなかったという。

また中国人の常識として牛頭と馬面は魂を冥界に連れ去ると言われている。ところが少女の話によると牛頭と馬面は少女の魂をこの世に連れ戻すのに一役買っていることになる。

少女の証言が記憶に基づく幻想だとすれば牛頭と馬面の役割が逆転していなければならないのだ。

やはり少女は見たのである。

恐らく冥界での牛頭と馬面の役割は人間界で考えられている役割とは若干違うのだろう。

少女の家族たちは少女の話を聞いてから「あの世」の存在を確信するようになったそうだ。

この世の馬面

馬面は「あの世」の存在であるはずだが、中国では魂を勾引するために「この世」に現れることもあると言われている。

ある人物の経験談によると、高熱と痙攣で入院していたときに、病室のドアから黒服に身を包み、手に鎖をもった牛頭と馬面が入室してくるのを目の当たりにしたという。

馬面の顔は赤く、髪は長かったそうだ。それを見ると自分でもなぜかわからぬまま、泣き出してしまったそうだ。

すると牛頭と馬面に続いて老人がふたり入室してきた。老人たちは「連れてゆく必要はない。銭をやるから行きなさい」と言い、牛頭と馬面に紙幣を渡したという。

紙幣を受け取った牛頭と馬面は何も言わずに立ち去ったそうだ。

入院中の男性は本来なら牛頭と馬面に引き立てられて地獄に行くところだったのだが、なぜか老人たちに助けられ一命を取り留めたのである。

臨死体験と牛頭馬面

以上の目撃談からも明らかなように、牛頭と馬面は臨死体験と深いかかわりがある。牛頭と馬面を見たという体験談のほとんどがいったん死にかけた人の話なのだ。

臨死体験で語られる話については「あの世」が実在する証拠だという意見と脳が作り出す幻想だという説が対立している。

当人がどれほどリアルに「あの世」を感じたとしても「それは脳が作り出した幻想だ」と言われれば否定する手段はない。牛頭と馬面の目撃談についても同じことがいえるのだ。

ところが第三者が目撃していたとすれば話は変わってくる。そしてそのような目撃談が実際に存在するのだ。

例えば河南省北部の病院で発生した次のようなケースがある。

交通事故で搬送されて来た若い男性が死の一歩手前から回復した。後の証言によると、やはり彼も牛頭と馬面に出会っていたというのだ。

彼の証言は次のような話だ。

事故で意識がなくなり、気がついたときには病院のベッドに横になっていた。周囲は薄暗かったという。傍らに人の気配を感じたので眼球だけを動かして視線を向けた。

するとベッドの横に牛頭と馬面が立っていた。人間よりもひとまわり大きく顔は巨大で確かに牛と馬に似ていた。

自分は死ぬのだと思ったとき、医療機器のアラームのような音が鳴った。その音は次第に大きくなり部屋中に轟くほどになった。男性はそこで再び意識を失ったというのだ。

これだけなら既に紹介した臨死体験と大差ない。ところがこの男性の証言には客観的な証拠があるのだ。病院内に設置されていた防犯カメラがガラス越しに男性の病室を写していたのである。

その録画記録には異常に大きな頭部をもつ人影が写っていた。しかもその影は空中に染み出すように現れ、蒸気のように消えていたのだ。

写っていたのは人間の姿ではない。牛頭と馬面は確実に存在するのである。