死を招いた北京娘娘廟の祟り

北京オリンピックの裏舞台

天安門の真北に北京国家体育場がある。

ここは北京オリンピックのメインスタジアムとなった施設であり、中国では鳥巣(鳥の巣)の愛称で親しまれている。

今回はこの鳥の巣建設の影に隠された怪奇現象をご紹介しよう。

娘娘廟

鳥の巣が現存する土地にはかつて有名な娘娘廟があった。

娘娘廟は女神を祀る神廟を意味する日常語である。多くの場合に子宝を授かるご利益があると考えられている。

鳥の巣が造られた土地にあった娘娘廟は碧霞元君(へきかげんくん)を祀っていた。

碧霞元君は日本ではあまり知られていないが中国では「北の元君、南の祖」と言われる2大女神のひとりである。つまり中国の北方で女神と言えば碧霞元君であり、南方で女神と言えば祖神なのである。

日本にも媽祖信仰はあるから、媽祖神のほうはご存知の方も多いだろう。

碧霞元君は子宝を授けるだけではなく商売繁盛の神でもあるので大衆的な人気が高い。

昔から碧霞元君の娘娘廟は参拝者で賑わっていたようで『燕京歳時記』などの古い記録によると、娘娘廟は庶民の交易場として栄えていたそうである。

黒い竜巻

2004年。鳥の巣を建設するために娘娘廟は取り壊されることになった。

2004年8月、娘娘廟の取り壊し工事が始まった。娘娘廟の門を壊し始めたとき最初の怪現象が起きたのである。

工事現場に突然黒い竜巻のようなものが発生した。それは直径4メートル高さ7メートルほどの局所的な竜巻だった。通常この程度の規模の竜巻には大した破壊力はない。

しかし工事現場で発生したその黒い竜巻は現場を囲む金属製の塀をなぎ倒すように破壊した。監視カメラには鉄の板がまるで紙のように空中に舞う姿が記録されていたという。

工事現場の設備はほとんど壊滅状態になってしまった。プレハブの事務所は大きく傾き、使い物にならなくなった。

破壊されたのは工事用の設備だけではない。工事現場で44名の作業員が負傷し、2名が死亡する大事故になってしまったのだ。

全てはたった20分間の出来事だったという。この結果、取り壊し工事は完全にストップしてしまった。

これほどの破壊力をもつ竜巻が襲ったにもかかわらず、娘娘廟自体は全くの無傷であったという。この事実を知った多くの人は、竜巻は娘娘廟の霊的なパワーが生み出した超常現象ではないかと疑い始めたのだ。

この疑問はさらに加速する。怪奇現象はこれだけでは終わらなかったのだ。娘娘廟の周辺ではさらに不可思議な現象が相次いで発生した。

無いはずの明かり

オリンピックの準備のために北京には優先的に電力が供給されていた。工事現場では電力は生き物にとっての血液のようなものだ。電気が止まれば全てがストップしてしまう。

国策のプロジェクトが停滞しないように電力設備は極めて厳重に守られ管理されていたのだ。

ところが娘娘廟とその周辺では繰り返し停電が起きていた。オリンピックの予定地では夜を徹しての作業が行われていたが、夜になると娘娘廟の周囲だけが闇に包まれる異常事態が発生していたのだ。

当然原因究明のための調査が行われたが、どうしても停電の原因を解明することはできなかった。

そのような状況下で不気味な目撃情報が報告されている。

停電により闇に包まれた娘娘廟の周囲から「娘娘廟の中に赤い光が見える」という報告が相次いだのだ。

無人の神廟から光が見える。これは放置することができない事態だ。窃盗に物色されている可能性も否定できないからだ。

北京の治安当局は密かに調査を開始した。しかし後の報告によると娘娘廟には部外者が侵入した形跡は全くなく、窃盗の被害に遭った形跡もなかったというのだ。

多数の人が目撃した娘娘廟の赤い光の正体は今でも謎のままである。

釘子戸

中国にはさまざまな理由によって取り壊しができない建物がいくつもある。

その中には政治的な理由や社会的な理由によるものもあるが、怪奇現象が原因であることも少なくない。理由はともかく取り壊しができない建物を中国では「釘子戸」という。

釘子は「クギ」という意味である。つまり釘子戸はその土地にクギが刺さったように動かない建物というわけだ。

娘娘廟の取り壊し工事は事故による中断と怪奇現象を恐れる作業員の敬遠によって完全に中断していた。

これも一種の釘子戸である。

黒い竜巻による事故からの経緯はリアルタイムで報道されていた。中国では多くの人が娘娘廟が釘子戸となっていることを知っていた。オリンピック前の中国では北京の娘娘廟は「中国一の釘子戸」とまで呼ばれるほどの注目を集めていたのだ。

他の施設は着々と建設が進んでいるのに娘娘廟の周辺だけが停滞している。政府はこの状況を打開するために本腰を入れざるを得なくなった。

霊力を肯定した対策

当初の予定では娘娘廟は完全に取り壊されることになっていた。

明代から続く神廟ではあるが、北京には歴史遺産は有り余っている。新しい北京の建設のためには廟のひとつやふたつは犠牲にしても差し支えないということなのだ。

しかし相次ぐ怪事件の発生により中国政府は娘娘廟の取り扱い方針を一変させた。娘娘廟を文化財と位置づけ、移転保存することを決定したのである。

この決定に基づき娘娘廟はもとの位置から北に100メートル離れた土地に移設されることになった。

不思議なことにこの決定を境に怪現象はおさまり、鳥の巣は無事建設されたのである。

現在、移設された娘娘廟は北京の観光スポットとして以前にも増して人気を博している。怪事件のせいで碧霞元君の霊力を信じる人が増えたからだといわれている。