尿で煮るタマゴ料理「童子蛋」の美味

中国における尿の意味

中国では尿は薬の一種であった。特に12歳以下の子供の尿は「童便」と呼ばれて多用されていた。多くの医学書に収載されているのでその一部を紹介しよう。

梁代の医学者陶弘景(とうこうけい:456年から536年)の『名医别録』によると、童便は頭痛などの治療薬として使われたようだ。特に男児の尿の効果が優れているという。

唐代の陳蔵器(ちんぞうき:687年頃から757年)が記した『本草拾遺』によれば、童便は吐血や鼻血の治療薬として使われたようだ。この用法は他の複数の医学書にも記されている。

北宋(960年から1127年)時代に国家事業として編纂された『太平聖恵方』によれば、尿の出始めと終わりの部分ではなく中間部分を使うとよいと記されている。

医学書によって童便の飲み方は様々だ。

そのまま飲む場合もあれば、温めて飲むと書いてある場合もある。さらに温かいものと冷めたものでは薬としての効果が違うと書いてある場合もある。

単独で飲むだけではなくショウガの汁を加える方法や、ショウガとニラの汁を加える方法もある。

このような用法の先に童便を使う料理がある。

童子蛋

浙江省に東陽市という街がある。日本ではあまり知られていないが、歴史の長いかなり大きな都市である。

東陽市では春になると童子蛋を食べる習慣がある。童子蛋は東陽市の無形文化財にも指定されている名物料理なのだ。

料理と言っても複雑なものではない。童子蛋の作り方は以下のとおりである。

先ず大きな鍋にタマゴを入れ、新鮮な尿で満たす。尿は東陽市の児童たちから集めるという。

この鍋を強火で煮て茹で卵を作る。

固ゆでの茹でタマゴができたら、それをひとつひとつ取り出してカラを叩く。ヒビを入れるためだ。

全てのタマゴにヒビを入れてから尿の中に戻し、今度は弱火にしてひと晩かけてじっくりと煮る。こうすることによって尿の成分がヒビを通過してタマゴ本体にしみ込むのだ。

地元民からの情報によれば熱いうちに食べるのは通の食べ方ではないらしい。冷えた童子蛋を焼いて食べるのが最高にうまいと言うのだ。

少し塩味が強すぎると感じるくらいタマゴの中まで十分に味が染みているそうだ。何も知らずに食べれば味自体は美味なのだそうだが、匂いに耐えられない人も多いという。

東陽市で春に童子蛋を食べるのは、日本で土用の丑の日にうなぎを食べるのと同様に、健康のためである。

春に童子蛋を食べると春のあいだのだるさを忘れ、夏に熱中症に罹らないと言われているようだ。

秋石

尿を桶や甕に入れておくと桶や甕の壁に白い結晶が付着する。

この結晶を秋石(しゅうせき)または人中白(じんちゅうはく)という。これも薬として使われていた。

薬としての用途は童便とほぼ同様である。『本草綱目』によれば童便のほうが効果が優れているそうだ。

秋石には淡秋石(たんしゅうせき)と秋石(かんしゅうせき)の2種類がある。

淡秋石は削り取った結晶を粉末にしてから水に晒して異臭を取り除き、型に入れて固めたものである。

秋石は尿からではなく天然の食塩から作られる粉末である。見た目と味が淡秋石に似ていることから秋石という名がついているが、原料は全く異なる。

秋石の作り方

秋石の作り方には様々な方法があったようだ。

例えば尿に石膏を混ぜて桑の木でかき回すと秋石が沈殿するという。この沈殿物を集めて水の中に入れてかき回してから沈殿させ、さらに水を換えて匂いが消えるまで繰り返すと白い秋石を作ることができる。

また草鞋を使って作る方法もある。

できるだけ古い草鞋を数百足集めて流水に7日晒す。それを尿に漬けて乾燥させ、乾燥したらまた尿に漬けてまた乾燥させる。これをひと月繰り返してから燃やして灰にする。これをお湯で煮て沈殿物を採取する。

その沈殿物を水で溶いて濾過しする。水で溶いて濾過する工程を半月ほど繰り返してから銀の鍋で煮て水分を飛ばせば完成する。

この他にも様々な作り方があったようだ。どれも時間と手間がかかる方法である。

丹薬の作り方

秋石は不老長寿の薬である丹薬(たんやく)の材料にも使われている。

宋代の翰林学士・葉夢得(ようむとく:1077年から1148年)の『水雲録』によると、秋石による丹薬の作り方には陰錬法と陽錬法の2種類があるという。

陽錬法は次のとおりである。

木の桶に人尿を満たし、尿1石につき皂荚(サイカチ)の汁を1碗加え、竹の棒でかき回す。上澄みを捨てて鍋で水分が飛ぶまで煮詰める。

鍋に残った結晶を削り取って細かく砕き、これに水を加えて煮溶かす。これを濾して煮詰め結晶を削り取り細かく砕く。

さらに水で煮溶かして濾す作業を繰り返すうちに雪のように白くなる。

完全に白くなったら細かく砕いてルツボに入れ7日間熱する。こうしてできた塊を砕いて粉末にしたものを棗の果肉で練って豆粒くらいの丸薬にする。

これを空腹時に酒で30粒服用する。

陰錬法は次のとおりである。

尿を大きな甕に入れその半分の量の水を加える。千回かき回すうちに結晶が現れる。その結晶が沈殿するのを待って上澄みを捨てる。

そこに再び水を加えてかき回し、結晶が沈殿したら上澄みを捨てる。この作業を尿の匂いが無くなるまで続ける。

匂いが無くなったら沈殿物を乾燥させ、男児を生んだ女性の母乳と混ぜて乾燥させる。乾燥したら再び母乳を混ぜて乾燥させるという作業を9回繰り返す。

最後に棗の果実を加えて練り合わせ豆粒ほどの丸薬を作り、午後になったら酒で30粒を服用する。

陽錬法で作られた丹薬と陰錬法で作られた丹薬を1日に1回づつ服用することにより不老長寿が約束されるという。