五雷掌という謎に満ちた武術

肖家祠堂

湖南省の中部に湘潭(しょうたん)という街がある。毛沢東の出身地として知られる土地である。

湘潭には湖南省最大の河である湘江が流れている。この湘江の南岸に易俗河鎮という地区がある。明から清の時代にかけて中国4大米市場のひとつに数えられた交通の要衝である。

この土地に肖家祠堂という建物がある。

肖家祠堂は清の時代に湘潭とその周囲の肖姓の人々が祖先を祀るために建設したものだ。中国では同姓の一族が祖先を祀るための建物を造ることは珍しくない。

しかし易俗河鎮の肖家祠堂は特別に奇妙な建物として有名である。

青レンガで作られた建物の壁に無数の手形が押されているのだ。

手形は壁の外側だけではなく屋内にも見られる。

この奇妙な手形は魔除けの呪力を秘めた五雷掌を刻印したものだという。

五雷掌

五雷掌は道教修行者が必ず学ぶ秘術のひとつである。

単に邪気を払うだけの術ではなく神秘的な武術としての性質をもつとされている。中国では五雷掌を武術の一種と考える人のほうが多いくらいだ。

五雷掌には様々な側面があるが、最も基本的な作用として身体防御機能がある。五雷掌の修行を開始するとまず始めに「五雷開身の法」「五雷閉身の法」を学ぶ。

五雷開身の法は雷炁(らいき:雷のエネルギー)を体の中に取り入れる術であり、五雷閉身の法は雷炁を体内に保持する術である。

雷炁を体内に保持すると外界からの攻撃を跳ね返す防御力が具わる。雷炁を秘めた体を不用意に攻撃すると逆にダメージを受けることになるのだ。

かつて湖南省長沙の田舎町で水不足のために人々が給水施設に並んでいたことがあった。そこへ屈強な若者が現れて列の途中に割り込んだそうだ。

列に並んでいた老人が注意したところ、その若者は老人を思い切り突き飛ばして罵った。

これに対して老人は「私は明日もここに並んでいるから、もし助かりたければ呼びに来なさい」と謎の言葉を放った。若者はさらに悪態をついてさっさと水を汲み帰って行った。

次の日の朝、その若者は死んでいたそうだ。背中には赤い手形が付いていたという。雷炁を秘めた老人を突き飛ばしたせいで逆にダメージを受けていたのだ。

中国にはこれに似た五雷掌にまつわる話が非常に多い。

攻撃的な五雷掌

体内に雷炁を保持すると攻撃的な能力を発揮することもできる。例えば手のひらに秘符を描き、その手から雷のエネルギーを打ち出す「掌法」という術がある。

掌法は「この世」の敵に対して威力を発揮するだけではない。魑魅魍魎に対しても攻撃力を発揮するのだ。

「この世」のものに対する掌法を陽五雷掌と呼び、鬼神の類を攻撃する掌法を陰五雷掌と呼ぶ。俗称として「明手」、「暗手」という呼び方もある。

足を使って攻撃する五雷罡歩(ごれいこうほ)という術もある。単純に歩法と呼ばれることもある。

五雷罡歩は掌法と同時に使われることもある。手から放たれる攻撃力を天雷と呼び、足から放たれる攻撃力を地雷という。天雷は外傷を与え、地雷は内臓にダメージを与えると言われている。

また怪声を発するだけで攻撃力を発揮する嚨声(ろうせい)という術もある。この声を聞くと雷に打たれたのと同じレベルのダメージを受けることになる。

かつて四川省の道教修行場である青城山の道士を盗賊が襲ったことがあるそうだ。道士は白髪の老人である。たったひとり庵に住んでいた道士に彼を慕う商家が多額の銀銭を寄付した。盗賊はこのことを知って強盗に押し入ったのである。

武器を持った5人の男が道士を囲み脅迫した。目には殺気が漂っていたという。銀の隠し場所を聞き出した後に道士を殺す計画だったのだろう。

道士は「命が惜しければ帰れ」と言ったが、強盗は刃物を抜いて迫ってきた。そのとき道士は腰を曲げた奇妙な姿勢になり、聞いたこともない奇声を発したという。これが嚨声だったのだ。

5人の強盗の全員がその直後に血を吐いて即死したという。

たったひとりで修行する道教修行者は犯罪者に狙われやすい。五雷掌という道術が生まれた背景には自分自身で身を守らなければならない危険な環境があったのだろう。

治療手段としての五雷掌

五雷掌には病気を治療する効果もある。霊的な原因による病気はもちろんだが、結石や癌のように体内に塊ができる病気にも効果を発揮するというのだ。

ただし強いエネルギーを用いる攻撃的な治療であるから治療の強度を間違えると反ってダメージを与えてしまうという。

五雷掌による治療はかなりの達人だけがなしうる術なのである。

流派

五雷掌は道術の一種であるが、道教以外の流派もあるようだ。ただし道教以外の流派も元を辿ると道術から派生したと思われるものが多い。

五雷掌を使う場合の具体的な動作や必要なアイテムは流派によって少しづつ異なる。五雷掌を目撃した人の証言内容が人によって異なるのは流派の違いによるものだろう。

また流派によって五雷掌の用途にも大きな幅がある。病気の治療に特化した道士もいれば、武術として修行している人もいる。

さらに興味深いことに五雷掌によって気象をコントロールする流派も存在するのだ。彼らは五雷掌によって雨を降らせたり、逆に雨を止めることができるそうだ。

五雷掌の世界は複雑かつ奥深いのである。