墓地の陰果

墓地の陰気

中国の農村部では墓地の周辺に陰気が淀んでいるとの観念が強い。陰気とは死者の霊魂であり、死者がこの世に残した思念である。

陰気はをもたらし不幸を呼ぶ。

だから墓地は妄りに立ち寄る場所ではないと考えられているのだ。

このような観念があるため、墓地の周囲は植物たちの楽園になっている。

墓地周辺の植物は墓地の陰気を吸収していると考えられているため、人々は墓地周辺の植物を剪定したり引き抜いたりしないからだ。

もちろん墓地の付近に果実をつける樹木がある場合でも、人々はその果実を食べることはない。陰気を含む果実はあまりにも不吉だからだ。

グリーン・ツーリズム

最近の中国ではグリーン・ツーリズムが流行している。都会に住む若い男女が農村を訪れ、農業に親しんでいるのだ。

山西省北部の村には北京からの観光客が多い。

北京から近い立地条件に加えて、昔ながらの農村の雰囲気が残っているからだ。

一般的な観光客は観光客用の宿泊施設や商店を利用し、利便性を享受しつつ農村の雰囲気だけを満喫する。

しかしそれでは飽き足らない若者たちもいる。彼らは本当の農村の生活を体験したいのだ。

現在の中国ではスマホとインターネットの普及により、農村の家庭と都会の若者が直接交流することができるようになっている。

一部の若者はB&Bを提供する農家を探して、観光化されていない農村の一般家庭にホームステイのようなかたちで滞在しているのである。

野心溢れる若者たち

北京の大学生XとCもディープな農業体験志願者だった。

ふたりは単なる旅行好きではなかった。大学卒業後にすぐに起業して、まだ市場に出回っていない珍しい農産物をネット販売する計画を立てていた。

たったひとりでドクダミのネット販売を始めた人物が巨万の富を稼いだという記事を読んだのがきっかけだ。

中国南部の一部地域ではドクダミは一般的な野菜である。しかしその他の地域ではドクダミを食べる習慣はほとんどなかった。

個人で野菜のネット販売を行っていた男性が、ドクダミを健康野菜として販売したところ、爆発的に売れて大金持ちになったのである。

XとCは農村を歩き回って、中国全土に知られていない珍しい農産物を探し出し、いち早くネット販売を仕掛ける計画だった。

わざわざ観光客がほとんど訪れない村を選んだのは、そのような村にはまだ世間に知られていない作物や果実があるかもしれないと考えたからだ。

葬儀直後の村

XとCは北京から雲崗石窟で有名な大同(だいどう)を経由して、山西省北西部の山中にある小さな村を訪れた。

ふたりが宿泊することになったのは、老夫婦ふたりだけで住んでいる大きな農家だった。

空き部屋がたくさんあるので、太原(たいげん)に住んでいる息子がネットを使ってB&Bの客を募集していたのだ。ただし本腰を入れてB&Bを経営するつもりはないらしく、ゲスト用の設備は全く用意されていなかった。

よくよく聞いてみると、XとCが初めての客だというのだ。

XとCが村の散策をしたいと言うと、老夫婦は南の外れにある家には近づかないで欲しい言った。

10日ほど前に葬式を出したばかりなので、それなりの気づかいが必要だということらしい。

農村にはただでさえよそ者を快く思わない人がいる。葬式を出した家に不快な思いをさせても何のメリットもない。XとCはその家には近づかないと約束した。

熟した果実

外に出たXとCは先ず畑を見て回った。しかし全てがジャガイモ畑であり、目新しいものは見つからなかった。

ふたりは集落を離れて山の中に入った。

栽培作物よりも自然に生えている植物の果実などに新しい発見があるかもしれないからだ。

細い山道を歩いていると、墓石が立ち並ぶ平地に出た。墓地全体が樹木に囲まれているので薄暗かった。

周囲の樹木を観察していたXは、大声でCを呼んだ。

Xが指さしている先には見たこともない果実が熟していた。

ふたりは熟した実に近づいた。手を伸ばせば届く高さのところに柿の色に似た果実がたくさんぶら下がっていた。

Xは目の前の果実をつかみ取り、大きく口を開けてかぶりついた。

Xは今まで食べてきたフルーツの中で一番甘く、みずみずしいと絶賛した。

Cは果物のサンプルをザックの中に詰め込んだが、自分ではひと口も口をつけなかった。数日前にできた口内炎が悪化し、強く痛んでいたからだ。

宿に戻ったふたりはスマホを使って植物の名を調べ始めた。しかし採取した果物と同じ形状の果物は見当たらなかった。まだ知られていない新種か突然変異の可能性が強まった。

ふたりが探し求めていた「世間に知られていない農作物」が早くも見つかったのだ。

異変

その日の夕方になってXが体の異変を訴えた。首が絞めつけられるように痛むというのだ。

当初、外見は全く正常であった。しかし1時間ほどすると、首の周囲にロープで絞めた跡のような赤黒い内出血が浮かび上がった。

内出血の色は見る見るうちに濃くなり、Xは気を失って倒れてしまった。

Cは慌てて老夫婦を呼び、助けを求めた。

しかしそのときには、Xはすでに絶命していたのだ。

農家の主人はXの死体に近づいて首の痣を凝視した。そして「墓の木の実を食べたのか?」と訊ねた。

Cが「確かにXが実を食べた」と答えると、主人は次のような話を語った。

10日前に行われた葬式は18歳の女性の葬儀だった。

その女性は太原の商店で働いていたが、死亡する3日前に村に戻って来たという。そして3日目に自宅近くの森の中で首を吊って自殺したのだ。

Xは埋葬されたばかりの遺体から強い陰気を吸った果実を食べてしまったのだ。

墓に陰気が淀むという話は決して迷信などではない。