ゴビ砂漠に潜む有毒怪虫の恐怖

怪虫伝説

内モンゴルには奇妙な伝説がある。

ゴビ砂漠の砂の中には猛毒を持つ巨大な赤い虫がいて、しばしば動物を襲い呑み込むというのだ。

この虫には沙虫、死亡之虫、蠕虫など様々な呼び方がある。外見が牛の腸に寄生する寄生虫に似ていることから腸虫と呼ばれることもあるそうだ。

沙虫の姿

砂漠の上に沙虫が這った跡が残されていることは珍しくないそうだ。また沙虫の目撃者証言も少なくない。

沙虫の全長は50センチくらいで、男性の腕くらいの太さがあるという。別の報告では体長が1.6メートルもあるというから、個体差がはげしいのかもしれない。

頭部と尾部は稲穂のような形をしているという証言がある一方で、両端は円錐形ではなく刃物で切り落としたかのような形だという報告もある。

全身の色は赤く、まだら模様がある。血のような色だという人もいれば、サラミのような色だという人もいる。

頭部の構造は曖昧であり、目や鼻の形状は明らかではない。多くの人がどちらが頭でどちらが尾か区別がつかないと言っている。

この奇怪な外観だけでもグロテスクなのだが、現地の人々がこの虫を極度に恐れるには別の理由がある。

死の危険性

沙虫が死亡之虫と呼ばれるのは沙虫があまりにも危険な存在だからだ。多くの人は全ての生き物は沙虫に触れるだけで死亡すると言う。

その理由のひとつは毒液である。

沙虫は腐食性の毒液を吐くと言われている。

金属をも溶かすこの毒は一瞬にして動物の命を奪うのだ。この瞬間を離れたところから目撃した人は動物が沙虫に触れた瞬間に死亡したと思うはずだ。

実際には触れるよりも先に毒液を噴射されて死亡することもあるという。複数の目撃者が毒液は緑色だと証言している。

沙虫の武器は毒液だけではない。

沙虫は強力な電流を発生させ、周囲の生き物を金縛りにするというのだ。一定の距離に近づいてしまうともはや逃げることができなくなり、毒液の餌食になるのを待つしかなくなるのだ。

動物を殺す目的は言うまでもなく捕食するためだ。沙虫は肉食の怪物なのである。

生物か魔物か

沙虫の正体についてはふたつの説が対立している。

ひとつは沙虫の正体は動物ではなく霊的な存在であるとする説だ。沙虫は一種の魔物であり超自然的な存在であるという理解だ。

確かに神出鬼没で神秘的な存在であるから「この世」のものではないのかもしれない。特に現地ではこのように考える人が多いそうだ。そうした人たちは沙虫の名を口にすることすら忌避するという。

もうひとつは沙虫は何らかの巨大な生物であるとする説だ。学者の中にはこの説を支持する人が多い。

この説にもそれなりの根拠がある。例えば沙虫は雨のあとに出現することが多いという情報や、6月と7月に目撃されることが多いという情報がある。これは環境とシンクロした生命のリズムを感じさせる話だ。

また冬は出現しないと言われているので、冬眠の習性をもつ生物である可能性も指摘されている。

沙虫が生物だとするとどのような系統の生物なのかという点も問題になる。

ある説によると沙虫はヘビの一種だと言われている。

細長い姿はヘビを連想させる。また沙虫の毒は毒蛇をイメージさせる。また砂漠に適応したヘビは実際に確認されていると言われているから、この説はかなり説得力をもつと言ってよいだろう。

別の説として沙虫は脚が退化した巨大なトカゲだという意見もある。

この説は沙虫が砂の中に潜む性質があることを重視している。トカゲの中には砂に潜る習性をもつものがいる。沙虫はこの習性を受け継いだトカゲの子孫だというのだ。

文字通りミミズのような虫の一種だという説もある。しかしこれに対しては軟体動物が乾燥した砂漠に適応するのは難しいという異論が多いようだ。

繰り返される調査

沙虫の話を聞いたことがない日本人にとっては単なる伝説に過ぎないようにも思われる。しかし現地では伝説以上の存在であり、かなり多くの人が存在を確信している。

沙虫は確実に存在するが、まだ正体が明らかにされていない。そう考えている人が多いのだ。

もちろん沙虫の正体を明らかにするための研究はかなり以前から行われている。

海外の研究者の中ではチェコスロバキアのイワン・マクラーが有名だ。

イワン・マクラーは1990年代に2回の探検を行っている。

沙虫そのものを発見することはできなかったが、現地での聞き取りなどから沙虫の存在を確信したようである。沙虫がサラミのような色をしているという情報も彼の取材によるものだ。

イワン・マクラーは独自に収集した情報から、沙虫には日光浴の習性があると考えたようだ。第3回の調査では小型の飛行機を使って日光浴をしている沙虫を探したと言われている。

しかし残念ながら実物を発見したという報告はない。

またイギリス人の探検家アダム・デービスも沙虫を探すためにゴビ砂漠を調査している。

アダム・デービスはゴビ砂漠に近い寺院で僧侶にインタビューし、生々しい証言を記録している。

僧侶たちにとって沙虫の存在は疑いようのない事実であった。沙虫が出現する土地はどこか、出現する時期はいつか。そのようなことは現地では誰もが知っている常識だそうだ。

沙虫を探しているのは外国人だけではない。

不毛の地に隠れ住む怪物。その正体が明らかになるのはそう遠い将来の話ではないだろう。