犯罪としてのカンニングと処罰規定

中国のカンニング事情

中国ではあらゆる試験でカンニングが横行している。学校内の試験ではもちろん、入学試験や資格試験でもカンニングが問題となっているのだ。

カンニングというと個人的な不正というイメージが強いが、いまや中国ではカンニングは組織的な犯罪行為なのである。

資格試験や入学試験ともなると人生を左右するほどの影響がある。金銭を使ってでも合格したいと思う受験生やその家族は少なくない。

そこに目をつけたカンニング幇助組織や、手(スナイパー)と呼ばれる身代わり受験生が暗躍しているのだ。

その具体例を紹介しよう。

ハイテク消しゴム

2017年の薬剤師資格試験で大規模な不正が行われた。

安徽省の試験会場のひとつである淮南師範附属小学校でのことである。地元の公安局から派遣された警察官が試験会場を巡回していると、女性の受験生が頻繁に消しゴムに視線を向けていることに気がついた。

不審に思った警察官はその消しゴムをつまみ上げた。するとそれは消しゴムのケースに偽装した電子装置であった。ケースの底には小さな液晶ディスプレイが仕込まれていたのだ。

消しゴム型受信装置

取り調べの結果、その受験生は江蘇省・鎮江市の薬局の従業員であることが判明した。

そもそも浙江省の受験生が遠く離れた安徽省で受験していたこと自体が奇妙であった。しかしいくら理由を訊ねてもその女性は口を割らなかった。

所持品の中にホテルのルームキーがあったため、警察は直ちにホテルの部屋を捜索した。そこには8名の宿泊者がいた。ちょうどチェックアウトの準備をしている最中だったという。

全員の住所が江蘇省・鎮江市であったことから警察は8名の身柄を拘束した。

まもなく拘束された8名全員が同じ薬局の関係者であることが判明した。そのうちのひとりは薬局の経営者だった。

事件の経緯

経営者の自供によると地元のコンサルタントから6万元(日本円でおよそ90万円)出せば試験に合格できるように取り計らうことができると持ち掛けられたようだ。

試験勉強の負担に頭を悩ませていた経営者は同じ問題を抱える従業員と親戚の分もまとめて「研修契約」にサインした。ただし実際には一度も研修は行われなかった。

試験の1週間前に安徽省の試験会場の受験票が届いたので、従業員たちと一緒に安徽省に来たというのだ。

連絡を受けた浙江省の警察は直ちにコンサルタントを取り調べた。その結果、大規模なカンニング幇助組織の存在が明らかになったのだ。

浙江省のコンサルタントは1人につき5万元から6万元でカンニング幇助を請け負っていた。しかし実際にカンニングを助けていたのは全くの別人だったのだ。

浙江省のコンサルタントは1人につき3万5千元で南京の組織にカンニング幇助を依頼し、差額を懐に入れていたのだ。

1人につき3万5千元で請け負った組織は同じ南京の別の組織に1人につき2万4千元でカンニング幇助を依頼していた。しかし彼らも最終的な幇助者ではなかった。

南京の組織は安徽省の組織に1人につき2万元でカンニング幇助を依頼していたのだ。ここで初めて安徽省との関連が明らかになった。

安徽省の組織は遠く離れた山東省の臨沂市でカンニング装置を入手していた。

彼らの供述によると試験の2日前に試験地に移動し、ホテル内で受験生に消しゴム型の受信装置を渡したという。そして受信装置の使い方を説明し、事前練習を行ったのだ。

試験の当日には試験会場の近くから無線で回答を送信していた。すぐ近くから送信していたのでカンニングが発覚して警察が動き出したことをその場で察知できたそうだ。カンニングが発覚の直後に犯人たちはその場から逃走している。

靴底の受信装置

この事件からもわかるように中国ではカンニングはもはや個人レベルの不正ではないのだ。巨額な金銭が行き交う広域的な組織犯罪なのである。

処罰規定

以前の中国にはカンニングそのものを処罰する法律がなかった。当時の中国では校則や行政処罰で対応するのが一般的であった。結果的にはかなり甘い対応に終始していたのだ。

ただし余りにも注目されたケースでは非法獲得国家機密罪で立件された例もある。

それは英語検定試験で8名の受験生に消しゴム型受信機などのカンニング・グッズを貸し出していた組織的な事件である。薬剤師資格試験での不正と似た手口の事件であった。

この事件の後にカンニングを国家機密の取得と同視して立件するのは、法律の運用として不適当なのではないかと言われるようになった。確かにその通りである。この批判を考慮したかどうかは定かではないが中国の刑法が改正された。

2015年11月から刑法にカンニングを処罰する規定が加わったのだ。

この規定によるとカンニングは3年以下の有期徒刑(日本の懲役刑に相当する)であるが、情状が特別に重い場合は7年以下の有期徒刑である。

この法律はあらゆる試験に適用されるわけではない。法律が定める入学試験や公務員試験、教員試験などでのカンニングが処罰の対象になる。

この規定によってカンニング・グッズの販売は従来よりも厳しく処罰されることになった。以前は間諜(スパイ)専用器材販売罪で処罰されていたが、この罪は3年以下の有期徒刑であった。

超小型イヤホン

刑法の改正によってカンニング・グッズの販売には7年以下の有期徒刑が適用される可能性が高くなったのである。

意外なことに中国ではカンニング・グッズの販売はスパイ用品の販売よりも重い犯罪なのである。