ゴッドファーザーの後継者
偽造集団のボスは広東省のH。40代の男だ。表向きは漢方薬の販売を行っていた。
Hは地元で「假幣教父」つまり「ニセ札のゴッドファ―ザー」と呼ばれたPの後継者であった。
Pは紙幣偽造の罪ですでに検挙されていたが、Pが作成した偽造紙幣の原盤がHの手元に残されていたのだ。
正確に言えばそのフィルム製の原盤はPが作成した「母版」のコピーである。
Hは中山市内に店舗用の部屋を借りていた。200平方メートルに満たない部屋である。内部には入念な防音工事が行われ、周囲には監視カメラが設置されていた。
部屋の外は酒類などを販売する店舗に見せかける改修が行われ、奥の工場の手前にはビールケースが山積みにされていた。
部外者からは店舗で販売する商品の倉庫にしかみえないが、中にはニセ札を製造する装置が設置されていたのだ。
試験印刷を経て本格的な印刷が開始された。犯人たちは初回から3トンもの紙を仕入れて大量にニセ札を印刷した。
Hはその一部である2400万元分を汕尾(さんび)市内の倉庫に運び、そこに湖北省から来たバイヤーを招いた。これが最初の取引である。
しかしこの一連の動きはすでに警察の監視下に置かれていたのだ。
一斉検挙の準備を整えていた警察は、バイヤーが現れたタイミングに合わせてバイヤーもろとも通貨偽造集団を一網打尽にしたのである。
広東省
中国の紙幣偽造の中心地は広東省だと言われている。資金、人材が集まりやすく、しかも製造した偽造紙幣を販売するルートが存在するからだ。
広東省の警察は重点的に通貨偽造を取り締まっているが、その結果として皮肉な現象が起きているという。
警察の取り締まりによって闇ルートに流れるニセ札が減少したため、ニセ札の卸売価格が高騰しているというのだ。
このことがニセ札作りへのインセンティブを高め、犯罪集団の利益を増大させているのだ。
このような事情があるため紙幣偽造は根絶が難しいのだ。
中国人が現金よりもカードを好み、人民元よりもビットコインに魅力を感じるのは、リアルな通貨があまりにも危険だからという理由もある。
付記
ちなみに中国で流通している贋金は紙幣とは限らない。
コインのニセモノ(中国語で假硬币)を作る者も存在するからだ。
コインを模倣するほうがニセ札を作るよりも技術的には容易であるらしい。
ただし低コストで作るコピーの制度は低い。だからニセコインは、ほとんどの場合は、よく見れば区別することができる。
しかし意識していなければ気付かないだろう。
中国では常に贋金をつかまされる危険があることを忘れてはならない。