奇妙な未解決事件
今回は非常に有名であるにも関わらず、極めて情報が限定されている未解決事件「独山子サンタナ失踪事件」を紹介する。
この事件の呼び名に含まれる「独山子」は地名である。
独山子区は新疆の省都・ウルムチ(烏魯木斉)から西におよそ250km離れた典型的な能源城市である。つまり石油資源開発に依存した街なのだ。
現在の独山子区は人口10万人規模の都市である。砂漠のような土地の街としてはかなり規模が大きい。
失踪事件
1996年10月20日。
独山子の石油コンビナートの作業員Gとクイトゥン市(独山子区の北に隣接する地区)の住人Wは、一台のサンタナ(桑塔納)に乗車し、ウルムチに到着した。
ふたりはウルムチの中古車市場でサンタナを売却する話をまとめた。
しかしその直後にふたりは失踪し、サンタナも行方不明になってしまったのだ。
サンタナはフォルクスワーゲンと中国の自動車メーカー・上海汽車の合弁会社がかなり以前から生産している自家用車である。
一時期の上海では、路上の自動車の9割以上がサンタナであった。
現在の中国では、サンタナは大衆車であるが、この事件が発生した当時の中国では、サンタナを所有できるのは相当に裕福な人たちだけであった。
当時はまだ自家用車は走る「資産」と考えられていた時代だった。
高価な資産がふたりの人間とともに蒸発した。
これは当時の新疆では大きなニュースになった。
失踪者
繰り返しになるが、失踪した二人のうちGは独山子の石油コンビナートの作業員であった。
Gは1971年生まれ。漢族の男だ。身長は189cmで色白だったという。
もうひとりのWは1973年生まれ。漢族で身長は175cm。やや肥満体形であった。
不思議なことにWの職業は明らかにされていない。
Wが石油コンビナートの職員でなかったことは間違いないが、では何をしていたのかとなると、全く情報がないのだ。
またGとWの関係についても、はっきりしたことはわかっていない。
サンタナ所有者の謎
中国ではサンタナ失踪事件は未解決事件としてかなり有名である。中国の検索エンジンで「未解決事件」を検索すれば、必ずヒットする事件のうちのひとつだ。
ところがこの事件についての情報はあまりにも少なく、そしていくつもの不可解な点がある。
そもそもサンタナは誰のものだったのか。そのことすら明らかにされていないのだ。
失踪したサンタナのナンバーは記録されている。
また自家用車の車体やエンジンには、識別番号が刻まれているが、その番号も記録されている。
これらの情報を調査すれば、サンタナの所有者を特定することは容易なはずである。マスコミはともかく、少なくとも公安はサンタナの所有者を特定しているはずだ。
しかしなぜか所有者が誰なのか明らかにされていない。
G、Wとサンタナの関係については、理論上は次のような可能性が考えられる。
(1)GまたはWの所有物だった
(2)知人に販売を委託された
(3)盗んだ車だった
Gの収入から考えると、Gの所有物であった可能性は低い。
誰かから販売を委託されていたなら、委託した人物が名乗り出ているはずである。
盗まれた場合も同様だ。窃盗の被害者が通報しているはずだ。
残るはサンタナはWの所有物であったという可能性だけだ。
そうだとするとWはかなり裕福な男だったことになる。
Wはデニムのジャケットを着ていたという。こうした服装はウルムチから200km以上も離れた土地ではあまり見かけない服装だったそうだ。
当時の中国にもこうした服装の人はいたが、それは上海などの都市部のことであり、田舎町と言ってよい新疆の奥地では、かなり目立つ服装だったようだ。
このことはWが裕福な人物であったことの間接的な証拠として指摘されている。
二人の関係は?
Wが裕福な男だったとすると、GとWの関係性が問題になる。
彼らは単なる友人同士だったのだろうか?
なぜサンタナを売却するのに二人で出かけたのか?
この疑問に対しても様々な意見がある。
大きく分けるとふたつの考え方があるようだ。
まずひとつ目はWが「まっとうな」人物であるという前提に立った考え方である。
そういう前提に立つと、WとGは親しい友人同士であり、何らかの事情でカネに困ったGを助けるために、Wが自分のサンタナを売ろうとしたという推測が成り立つ。
もうひとつはWが不正な手段で財を成した男だという前提に立った考え方である。
この前提に立つと、WとGは共謀して何らかの犯罪を行い、その結果入手したサンタナを自分たちの生活圏とは遠く離れたウルムチで売り飛ばそうとしたとの推測が成り立つ。
もうひとつの謎と大胆な仮説
公安は少なくともサンタナの所有者が誰なのか知っているはずだ。
さらにWの素性についても公安は把握しているはずだ。少し調べればW収入源を特定するくらいのことは容易だからだ。
しかしこれらの情報は公開されていない。
それこそが最大の謎なのだ。
そこで大胆な仮説が提唱されている。
GとWは共謀して誰かを脅迫し、その結果、当時としては大きな財産であったサンタナを手に入れたというのだ。
もう一度記事の冒頭のグーグルマップを確認していただければ明らかだが、独山子区はカザフスタン、ロシア、モンゴル国境からそれほど離れてはいない。
GとWが脅迫した相手は密輸に手を染めていたのではないか。
そう考えれば、自家用車を所有していたとしても不思議はない。
しかも弱みを握られているため、公安に通報するわけにも行かなかったのだ。
しかしGとWは中国の密輸の闇を甘く見過ぎていた。
中国で密輸を成功させるためには、地元政府との癒着が不可欠なのだ。上層部との癒着があれば、公安すらコントロールすることができる。
つまりGとWに脅迫された人物は、いったんはサンタナを与えてGとWの素性を探り、その後で自分自身の手(恐らく手下を使ったのだろう)でGとWを始末したのだ。
そして政府筋の人脈を使い、公安が捜査に乗り出すのを妨害した。
少し捜査すればわかる情報すら表に出てこないのは、この事件を隠蔽しようとする大きな意思が働いていたからだ。
以上はあくまでも仮説である。
事件からすでに20年以上経過している。もはやこの事件の真相が明かされることはないだろう。