農村の怖い話:タマゴ売りの老婆

子供のいない夫婦

これは湖南省西部・湘西(しょうせい)の農村での話である。

湘西のある村に若い夫婦が住んでいた。

中国では結婚して1年も経てば子供ができるのが一般的だ。しかしどういうわけかこの夫婦には子供ができなかった。

結婚して2年ほど経ったころから、夫は妻の体に問題があると言って、妻を責めるようになっていたという。

酒を飲んで暴力を振るうこともあったそうだ。

妻は何度も実家に逃げ帰っていたが、そのたびに夫が実家に謝りに来て妻を連れ帰っていたという。

夫の性格には二面性があり、カッとなると暴力を振るうが、冷静になると妻に優しい一面もあったようだ。

妻がたいへんな美人だったことも、夫が妻を手放すことができない理由だろうと言われていた。

深夜の喧嘩

結婚して3年ほど経ったある日の晩、やはり酒を飲んだ夫は妻に暴力を振るった。

すでに時刻は深夜1時を回っていたという。

しかし妻は夫の暴力から逃れるため、家の外に飛び出した。

湘西は山深い土地であるが、標高が高く空が近いため、月明りのおかでげ視界は悪くない。

妻は実家まで歩いて2時間弱の路を歩き始めた。

今まで何度か実家に戻ったことがあったが、こんなに遅い時間に夜道を歩くのは初めてだった。

途中田んぼのあぜ道を通ると近道ができる。

できるだけ早く実家に帰りたかった妻は、細いあぜ道を通ることにした。

しばらく歩いていると、白い服を着た人の姿が見えてきた。

こんな時間に外を歩いている人がいるのは奇妙であった。

しかし妻は怖いというよりも、むしろ心強い気持ちになったそうだ。

ひとりで夜道を歩く寂しさと恐怖。誰かに出会うことでその気持ちが紛れたからだ。

ふたりの距離は次第に近くなった。

近づいてきたのは籠を手にした白髪の老婆だった。うつむいて歩いているので顔ははっきりとは見えない。

怖さを紛らせようと、妻は老婆にあいさつの言葉をかけた。

すると老婆は低い声で「タマゴを買わないか?」と言って籠を差し出した。

中にはニワトリのタマゴが入っていた。

妻は断るのも気が引けたので3個だけタマゴを買って老婆と別れた。

実家に帰ると、母親はあまりにも遅い時間に娘が帰ってきたことに驚いたが、また夫と喧嘩したのだろうと察して、やさしく迎え入れたそうだ。

タマゴ売りの伝説

妻の実家は両親の二人暮らしだった。祖父母は他界しており、兄はすでに独立していた。

妻は久しぶりに母親の朝食づくりを手伝うことにした。

その時になって老婆から買ったタマゴのことを思い出した。そして母親に昨晩の話をした。

すると母親は顔色を変えて次のような話を語った。

それは母親が祖母から聞いた話、つまり妻の曾祖母のころの話だという。

その村の付近一帯には、深夜にタマゴを売る老婆(売蛋婆)が現れることがある。

その老婆から「タマゴを買わないか?」と声をかけられたときは、必ずタマゴを買わなければならない。

もし買わないと、声をかけられた人の家族全員が、目から血を噴き出す奇病に罹り必ず死ぬからだ。

その話を聞いた妻は、あのときタマゴを買ってよかったと胸をなでおろしたそうだ。

思いがけない知らせ

家族でいつもより遅い朝食を食べていると、村の青年が駆け込んできた。

夫らしき男性が自宅の付近で死んでいるというのだ。

妻は両親とともに夫の家に急いだ。

夫の自宅から100mほど離れた路上に、たしかに夫らしき男性がうつぶせになって倒れていた。

妻の父親が顔を確かめようとして遺体を抱き起すと、その男性の顔は目から流れ出した血で真っ赤に染まっていたそうだ。

それは間違いなく夫だった。

恐らく夫は昨晩のうちに妻の後を追って外に出たのだろう。

そして夫もタマゴ売りの老婆に出会ったのだ。

しかし夫はタマゴを買わなかった。

タマゴを買わなければ、その人物の家族全員が目から血を出して死ぬ。

妻は自分の死も覚悟した。

しかしその後、妻の身には何も起きなかったそうだ。

夫と妻には家族になるほどの縁がなかったのだろう。

その後、妻は再婚し、2人の子宝に恵まれたそうだ。