美女を奪う洞窟の神

湘西の洞神

湖南省西部の一帯を湘西という。

湘西は山深い土地である。今でこそ交通網が発達しているが、かつては陸の孤島であり謎に満ちた土地であった。

湘西は少数民族の故郷でもある。それぞれの民族に脈々と伝わる風俗と文化。湘西の村々には知られざる風習が数多く保存されている。

現在でも湘西は神秘的で謎に満ちた土地なのである。

その湘西には多くの禁忌がある。

そのひとつに洞窟の前にさしかかった嫁入り行列は祝いのための爆竹を鳴らしてはならないという掟がある。

もちろんこの掟には理由がある。

湘西の洞窟には洞窟の神がいる。その神を洞神という。洞神は好色である。美しい女性を見るとその魂を奪って自分のものにしてしまうのだ。

だから花嫁が洞窟の前を通るときは洞神に気づかれないようにそっと通過しなければならない。爆竹の音を立てるなどもってのほかなのである。

落洞

洞神が女性の魂を奪うとはどういうことか?

最初の兆候は性格の変化だ。急に性格がおとなしくなり、清潔を好み、ひとりでいることを好むようになる。

そしてあたかもすぐ近くに誰かがいるかのようにひとりごとを言うようになるというのだ。

当初は単に性格が変化するだけであり、日常生活には支障はないらしい。

しかしすでに悲劇的な最後が運命づけられているのだ。女性の食欲は衰え、最後には飲食物を口にしなくなる。次第に体力が衰えてゆき、最後には死亡するのだ。

このような状態に陥ることを落洞という。

落洞した女性が死亡するのは落洞してから2年から5年後のことが多い。ただしもっと早く死亡する例もある。死亡時の年齢は16歳から25歳のケースが最も一般的だと言う。

我々の目から見れば栄養失調による衰弱死であるが、湘西では洞神の使者が迎えに来たときに死亡すると言われている。

洞神の使者が現れると女性の目は輝き、肌は紅潮し、髪からは香気が漂うという。そして笑顔のまま死去するというのだ。

落洞女

落洞した女性は落洞女と呼ばれる。

落洞女は容姿端麗で目の輝きが美しく性格は純朴で聡明であるとされている。このような好条件を備えた女性だからこそ洞神が魂を奪い去るのだ。

落洞に関する資料の中には落洞するのは処女に限られるとするものが多い。

しかし当サイトが入手した情報によると既婚者でも落洞する例がある。つまり洞神の意にかなう条件を満たす限り、誰でも落洞する可能性があるのだ。

このため湘西では洞窟周囲は特殊な聖域とされている。若い女性たちにとって洞窟の周囲で目立つ行動をとることはタブーである。洞神の視線に捉えられれば死を覚悟しなければならないからだ。

救出法

落洞した女性は必ず死亡するとは限らない。洞神が女性の肉体に魂を返せば死を免れることができるのだ。

女性が落洞したときに家族が先ず第一にすることは、女性の魂を奪った神を特定することである。

洞神は洞窟の数だけ存在する。だから特定は困難のようにも思われるが、落洞女が落洞した直前の行動をたどれば特定は難しくない。

農村部の人間関係は濃密である。誰がいつどこを歩いていたか。そのようなことはすぐにわかるのだ。その行動範囲の中にある洞窟の神こそが女性の魂を奪った洞神なのである。

洞窟を特定した家族はその洞窟に行く。そして洞神に供物と祈りを捧げ、女性の魂を返すように願うのだ。

このような祈りが通じて女性の肉体に魂が戻ることも少なくないという。ただし必ず成功するとも限らないそうだ。全ては神の意思しだいなのである。

失踪する花嫁

落洞は洞神が女性の肉体から魂を連れ去る現象だと考えられているが、実態はさらに複雑だ。魂と一緒に肉体をも呼び寄せるケースもあるのだ。

これは実際に報道されたケースである。

湘西の若い女性が結婚した。ところが嫁いだその日に行方がわからなくなってしまったのだ。これは通常の落洞とは異なる。

花嫁が何らかの事件に巻き込まれたと考えた住民たちは総出で村の探索を行った。誘拐事件を起こすとすれば部外者である可能性が高い。しかしよそ者が立ち入った形跡はなかった。

手がかりがないまま探索は2日間続いた。

このような場合に湘西では法師と呼ばれる超能力者が呼ばれる。法師に花嫁の居場所を占わせるのだ。

法師は「花嫁は大王洞にいる」と断言した。大王洞は集落から少し離れたところにある洞窟の名前である。

これは奇妙なことだった。遠い村から嫁いできた花嫁はそこに洞窟があることすら知らないはずだ。

半信半疑のまま大王洞に向かった村人たちは目を疑った。大王洞の奥に失踪した花嫁がうずくまっていたからだ。

花嫁の意識は朦朧としていた。だが多少の受け答えはできたという。

どうやって洞窟まで来たのか。なぜ洞窟に来たのか。村人たちが尋ねても花嫁自身がおぼえていなかった。嫁いだ日の夕暮れに突然意識を失い、気がつくと洞窟の中にいたというのだ。

このときになって村人たちはようやく事の真相を悟ったのである。これは落洞の一種なのだ。この洞窟の神が花嫁を呼び寄せたのである。

このように洞神は魂だけを連れ去るとは限らない。もしも村人たちが発見しなかったら花嫁は死んでいただろう。

しかし洞神にとって肉体の死は取るに足らないことなのだ。神が欲しいのは魂だからである。