貴州省の食の限界「牛糞火鍋」

牛糞火鍋

貴州省南東部、広西南西部には牛糞火鍋という料理がある。現地では牛瘪火锅[niú biě huǒ guō]とも呼ばれるそうだ。

この料理は客人を接待するための高級料理である。しかも体に良い薬膳料理だと言うのだ。

火にかける以前のスープは黄緑色である。わずかに腐った草の香りがする。そこへ牛の肉と内臓をブツ切りにしたものを入れて煮込むと牛糞の匂いがしてくる。

味はやや苦く漢方薬の風味を感じる。自分で好きなタレを選んでタレにつけて食べることもできるが、独特の苦みを消すことはできない。

しかし不思議なことに不味いわけではない。むしろ食べれば食べるほど病みつきになる味なのだ。

牛糞火鍋の作り方

牛糞火鍋を作るには大掛かりな準備が必要だ。

その準備は生きた牛に漢方薬を混ぜた草を食べさせるところから始まる。十分に漢方薬入りの草を食べさせてから牛を屠殺し、胃と小腸の内容物を採取する。

通常は捨てるはずの内容物を用いるのが「牛糞」火鍋と呼ばれる理由だ。

その内容物は深緑色の草の繊維の塊のように見える。それを絞って液体だけを取り分け、そこに牛の胆汁と数種の漢方薬を加えて弱火で煮込むのだ。

十分に煮込むとようやくスープのベースが完成する。これを牛瘪または百草湯という。

そこから先は冒頭で紹介したとおりだ。百草湯に牛の肉と内臓を入れて煮れば牛糞火鍋が完成する。

牛糞火鍋の由来

小腸の内容物は糞であるとも言えるし糞の一歩手前とも言える。

しかし匂いから判断すると限りなく糞に近いようだ。通常はこうしたものを食べるという発想には至らないだろう。

最初に牛糞を食べた人物にはそれなりのきっかけがあったはずだ。それについて次のような伝説がある。

はるか昔のことである。貴州省に下痢に悩むひとりの男性がいたそうだ。多くの医師の治療を受けたが彼の下痢は一向に改善しなかった。

ある時彼は牛や羊が草を食べても健康なのは腸の中の液体のおかげではないかと考えた。そこで腸の内容物から百草湯を作って飲んでみた。すると長年彼を悩ませてきた下痢が治ってしまったのだ。

この噂が広がり、多くの人が真似をするようになった。その過程で味と香りを改善するために香料を加えるなどの工夫が行われ、現在のスタイルが生まれたというのだ。

百草湯は宋代の書物にも記録されている。長年廃れなかったのは薬膳としての作用が実際に優れていたからだろう。

牛は反芻動物なので百草湯には牛の唾液と胃液が混じっている。これが人間の消化を助けるという説もある。また古い漢方の書物には牛糞を薬として用いる例があるというから、牛糞火鍋に何らかの薬効があることは間違いないだろう。

牛糞火鍋の現在

牛糞火鍋はローカルな伝統食であったが、インターネットで情報が拡散したため、黒暗料理(日本語のゲテモノに近い意味)のひとつとみなされるようになった。

現在の中国ではこの手の食べ物はブロガーや動画配信者の格好のターゲットになっている。

実際に中国の動画配信サイトでは牛糞火鍋を食べる複数の動画がアップロードされている。一部はYouTubeで閲覧することも可能だ。

それらの中には自宅で牛糞火鍋を作る動画もある。どうやらビニールのパックに包装された百草湯が販売されているらしい。

こうした活動により牛糞火鍋への注目度が高まり、一度は食べてみたいという人が増えて来たようだ。珍しい料理を食べてみたいという心理と、怖いもの見たさが混じり合った不思議な現象である。

そうなると中国人の行動力は凄まじい。

中国南方の特別な土地でしか食べられなかった牛糞火鍋を専門に作る料理屋が現れたのだ。それだけではない。牛糞火鍋の作り方を伝授するフランチャイズすら存在するのだ。

この現象を見た経済評論家のひとりは「中国のフードビジネスには無限の可能性がある」と論評している。