陰宅風水
あらゆる空間には目に見えない「気」が満ちている。気は磁場や重力と同じように目には見えない。しかしその場に存在するものに等しく影響を及ぼす。
ただし気は単なる物理的なエネルギーとは異なる。
気は霊的なポテンシャルであり人類が確率でしかとらえられない現象を左右する存在なのだ。
人類が「偶然」と呼ぶ現象は気の作用からは必然である。気の状態を見極めることができれば偶然や運はコントロールできるのだ。
風水とは気の動きや状態を捉える学問である。
気は地形や天体の位置関係により変化する。これは気が物理的な性質を持つことと関連する性質だ。しかし気には霊的な性質もある。墓や寺、さらには神像などが気の状態を変化させるのはこのためである。
墓は周囲の場と相互作用を起こして一族の運気を変化させる。古代の中国人はこの不思議な現象にいち早く気づき、墓の位置を選ぶことで一族の運気を好転させる術を編み出した。
これが陰宅風水と呼ばれる術である。言うまでもなく「陰宅」とは墓を意味する風水用語だ。
陰宅風水の功罪
陰宅風水は一族の繁栄のための学問であった。しかし陰宅風水を悪用すれば他人の運気を悪化させることができる。
その具体的な事例を紹介しよう。
改革開放政策が始まってから数年後の話である。
ある村で運送業を始めたP兄弟は農村では破格とも言うべき利益を得ていた。
村の中で第一番にカラーテレビを購入したのはP兄弟だったそうだ。自宅には相当な財産を貯め込んでいると評判になっていた。
確かにP兄弟は大いに稼いでいたが、遠方に配送することが多く自宅を留守にすることが多かった。
ある夏の日に遠方から数日ぶりに村に帰ってきたP兄弟は愕然とした。家の中が荒らされ、現金に加えてカラーテレビまでが盗み去られていたのだ。
計略
それから1月後のことである。
遠方への配送から戻ってきたP兄弟は街で大金を稼いだと言って村民たちに大きな布袋を見せた。その袋には紙幣が詰まっているというのだ。
いくらなんでも一回の運送でそれだけの大金を稼げるはずがない。訳を訊ねた村人にPは堂々と言い放った。悪いことの後には良いことがある。賭博で大勝ちしたというのだ。
次の日、P兄弟は再びトラックで配送に出かけた。しかしP兄弟は村に一番近い旅館の駐車場にトラックを停めて宿泊の手続きをしたのである。
日が暮れるころになってP兄弟は密かに村に戻った。村のトウモロコシ畑の中で完全に日が暮れるまで待ち、誰にも気づかれないように自宅に戻った。
復讐
深夜の1時ころ、P兄弟の家に泥棒が侵入した。賊は2人組であった。
配送に出かけると数日のあいだは留守になること。Pの家には大金があること。この事情を知っているのは村の中の人間だ。泥棒は身近な人間に違いない。
博打で大儲けしたという話を流せば同じ人間が再び現れるに違いない。P兄弟はそう予想していたのだ。
泥棒の侵入に備えてP兄弟は武器と縄を用意していた。屋内の闇に目が慣れていたのも有利だった。
泥棒の不意を突いて攻撃すると、意表を突かれたせいか泥棒は抵抗を諦めた。P兄弟は泥棒たちの手足を縛って拘束した。
P兄弟は思う存分泥棒を痛めつけてから警察を呼んだ。警察署に連行されるあいだに泥棒のひとりが死亡したが、P兄弟の暴力は不問に付された。当時の治安状況を考えれば住居侵入窃盗は殺されても文句が言えないほどの重大犯罪だったのだ。
このとき死亡した泥棒の素性を知った村人は愕然としたそうだ。
泥棒の父親が地元ではかなり有名な風水師だったからだ。村外からも依頼者が訪ねてくるほどの人物であったから、風水師の家族の暮らし向きは豊かであった。その息子が泥棒をするとは意外だったのだろう。
死亡事故
泥棒が検挙されてから1月も経たないある日、P兄弟のトラックが崖から転落した。兄弟はその場で即死していた。
P兄弟の両親はすでに他界していた。しかもP兄弟は独身であったから、ふたりの死亡によってP家は完全に途絶えてしまったのだ。
P兄弟の遺体を埋葬する日になった。
墓地に集まった村人は眉をしかめた。P家の墓に大量の汚物が撒かれていたからだ。しかも墓に四方に赤い紐で首をくくられた猫の死体が捨てられていた。
墓の清掃をしてから墓穴を掘り始めると、白虎の石像に加えておびただしい数の鉄釘が出て来た。しかもよくよく調べてみると祖先の墓石にも動かされた跡が残っていた。
何者かがP家の陰宅風水を破壊したのは明らかだった。誰もが風水師の仕業に違いないと確信した。
村人たち風水師の家に押し掛けた。P兄弟が事故死したのは風水師がP家の陰宅風水を破壊したからだと考えたからだ。
確かにP兄弟は風水師の息子を殺した。しかし2度も泥棒に入った風水師の息子にもともとの原因がある。それを恨んで風水師の能力を悪用することは許されないというのが村人たちの考えだったようだ。
人を殺すために風水が使われることに対して、本能的な警戒感を抱くのは当然であろう。
風水師の自宅に上がり込んだ人たちは再び驚愕した。
そこには目、鼻、口、耳から血を流した風水師の死体が座っていたからだ。