相次ぐ死
江西省の東北部に庄源村という非常に小さな村がある。
この村で1990年代に恐ろしい奇病が流行した。この病気に罹ると口から白い泡を吐き、全身が痙攣して死亡するのである。
病気で死亡したのは村民だけではなかった。ウシ、ブタなどの家畜も同様の症状を示して死亡していた。
死に至る奇病の流行により、庄源村はいつのまにか恐怖村と呼ばれるようになってしまった。
呪い
庄源村には次のような伝説があった。
かつて旅の道士が庄源村を通りかかったときのことだ。
庄源村の村民は、みすぼらしい身なりをしていた道士をまるで犯罪者のように扱い、村を追いだしてしまった。
その道士は村を出た直後に村に呪いをかけたという。
それは村人の数が決して40人を超えることができないという呪いだった。
奇病による死者が増えるに従って、この特殊な呪いが時を隔てて効果を発揮しはじめたのではないかと囁かれた。
病気を恐れた村民たちが次々に別の地域に移住したため、40戸あった村の住民はわずか5戸に激減し、村の総人口が40人を下回る事態に陥ったからだ。
陰箭
庄源村では奇病による死は、外見は病死であるが、実は陰箭によるものだとの噂が広がった。
陰箭とは「あの世」から「この世」へ飛来する矢であり、この矢によって村の生き物が殺されているというのだ。
まるで矢に射られたように突然発病して死亡する。しかも騒ぎが大きくなっているにもかかわらず病気の原因がわからないのだ。
恐怖村の住人が陰箭の噂を信じたとしても止むを得ないと言えよう。
疑心暗鬼
SARSや鳥インフルエンザ騒ぎを思い出していただければわかるように、中国政府は伝染病の蔓延を常に警戒している。
特定の地域で病死が相次げば、原因究明が急がれるのは当然である。もちろん恐怖村でも調査が行われた。
しかし衛生当局による調査によっても、奇病の原因は簡単には判明しなかった。
病院での診断もウイルス性脳膜炎という診断もあれば、癲癇という診断もあり、伝染病なのかどうかすらはっきりしていなかったのだ。
その間、旧日本軍が残した化学兵器から流出した毒物が原因との説が登場し、公安当局が否定する一幕もあった。
何者かによる毒殺説も浮上した。
井戸水に毒物が投げ込まれ、それを飲んだ人や家畜が死んだと言うのだ。
相次ぐ死の原因が不明確であるため、恐怖に支配された住民たちは疑心暗鬼に陥って行ったのだ。
毒殺説を決定付ける証拠は現れなかったが、完全に否定する根拠もないため、今でも何者かが毒を使ったと考えている人もいるようだ。
弓形虫
中国政府による調査の結果、この奇病の原因は弓形虫と呼ばれる寄生虫であると結論付けられた。
その根拠は発病した患者から発見された弓形虫である。
これだけを聞けば、毒殺説は考え過ぎであり、まして呪いや陰箭などは恐怖のあまり正常な判断ができなくなった人の言い分ということになるだろう。
しかし政府の調査は実は不十分なものだったのだ。
死亡した患者の中には弓形虫に感染していない例があったからだ。つまり奇病の原因は弓形虫ではない可能性が濃厚なのだ。
実際には原因は究明できなかったと見るべきだ。しかし政府の調査結果が「原因不明」では動揺が広がるだけなので、それらしい原因を発表して騒ぎを鎮めようとしたのだろう。
その証拠に、後になって別の情報が流されているのだ。
テレビを通じた情報発信
恐怖村の奇病は全国的な注目を集めていた。
弓形虫への疑問は当初から囁かれていた。不合理な発表をしたために、治療不可能な伝染病が広がりつつあるとの噂まで語られ始めていた。
このような噂を放置すれば社会不安につながりかねない。
そんな中、突如テレビ番組が恐怖村に関する報道を行った。
その番組の中で恐怖村で原因不明の死亡が相次いだことが確認され、その上で死亡原因は村の井戸に流入した殺鼠剤であると断定されたのだ。
しかし多くの人は疑問を呈している。
いったんは弓形虫が原因というストーリーを提示したが、それでは収まらなかったために殺鼠剤が原因ということで幕引きを図ったのではないか?
中国政府は未知の伝染病が発生したという噂や、呪いによる死がありうるという噂は完全に撲滅したいはずである。
その意図が明らかなだけに、政府の意図を体現するマスメディアの発表には、信憑性が感じられないのだ。
恐らく政府自身も真の原因を究明できていないのだろう。
中国の検査レベルは日本人の多くが思っているほど稚拙ではない。政府が本腰を入れて調査する場合には世界最先端の技術が使われるのだ。
それでも原因が特定できないとすれば、もはやそれは科学の領域を超えた現象であると言わざるを得ないのだ。
つまり荒唐無稽とも思われる「呪い」が、恐怖村の謎を解くキーワードなのである。この世には科学では解明し切れない謎が存在するのだ。
付記
庄源村は人口減少により、まもなく消滅するとみなされている。村の消滅とともに、連続死亡事件も風化してしまうだろう。