白蓮教に呪われた重慶鬼洞の恐怖

白蓮教

日本人にとって北宋時代の仏教と言えば禅のイメージが強い。禅は日本へ伝えられ日本の宗教界に大きな影響を与えたからだ。

しかし北宋時代の中国では特に民間で浄土念仏結社と呼ばれる組織が乱立していた。こうした組織は白蓮社または蓮社と呼ばれていた。宋の時代の中国では浄土教系の宗教運動が流行していたのである。

この流行は南宋時代にも衰えることはなかった。

紹興年間(1131年から1162年)に吴郡の昆山(現在の江蘇省昆山)で慈照という僧侶が白蓮教を創設した。この時点の白蓮教は浄土念仏結社が流行していた時流に乗って現れた宗教団体のひとつである。

白蓮教は無学の民にも理解しやすい簡明な教義を掲げた。しかも出家を必要としない半僧半俗の宗教団体だったため、多くの民衆が白蓮教に入信したと言われている。

白蓮教は皇帝の権威を軽視して元の時代、明の時代に農民蜂起を起こしたことから禁教として禁圧され、清の時代には邪教の代名詞のような存在になっていた。

重慶鬼洞

重慶の長寿区葛蘭鎮の小さな村である塘壩村(とうはそん)に竹耳洞(ちくじどう)という名の大きな洞窟がある。

現在の竹耳洞は有名な観光スポットにになっているが、1960年以前の竹耳洞は入り口が鬱蒼とした藪に覆われていて、長いあいだ誰も近づいたことがなかったという。

人が近づかない竹耳洞には多数のコウモリが住み着いていた。このような洞窟の底にはコウモリの糞が大量に堆積していることが多い。

1960年にコウモリの糞を肥料として使うという案が浮上し、当地の村民たちが竹耳洞に入ることになった。

小さな入り口から洞窟に侵入した村民たちは内部があまりにも広いことに驚いたという。

洞窟の奥に歩いてゆくと予想したとおりコウモリの糞が大量に溜まっていた。農家にとっては宝の山である。

手分けしてコウモリの糞を袋に詰めていた時、ひとりの若者が白骨を発見した。頭蓋骨の形状から判断すると明らかに人骨である。驚いた村人たちが周囲を掘ると次から次へと白骨が現れたのである。

白蓮教伝説

白蓮教徒は清の時代に白蓮教徒の乱(1796年から1804年)と呼ばれる叛乱を起こしている。

清朝は多額の軍事費を使って白蓮教徒の乱を鎮圧したが、このときの出費によって財政が悪化し、清朝の滅亡につながったと言われている。

塘壩村には白蓮教徒の乱の末期に清の軍に追われた白蓮教徒が竹耳洞に逃げ込んだという伝説があった。

竹耳洞を包囲した清軍は竹耳洞の入り口で火を起こし、煙で燻して洞窟内に逃げ込んだ白蓮教徒を皆殺しにしたと伝えられていたのだ。

しかしそれはあくまでも伝説であると考えられていた。ところが大量の白骨が発見されたことによって、この伝説が真実であったことが明らかになったのである。

呪術集団としての白蓮教

清代の白蓮教徒を宋の時代の白蓮教徒と同一視することはできない。清代には邪教をまとめて白蓮教徒と呼んでいたからだ。

例えば清代には蠱毒を使う呪術師なども白蓮教徒と呼ばれていたのだ。

竹耳洞で殺された白蓮教徒もいわゆる浄土教から派生した白蓮教徒ではなく、特殊な呪術を使う邪教の集団だったとする説がある。

清代の白蓮教徒は多くの場合に呪術集団であった。

例えばほとんどの構成員が基本的な呪術である「神打」という術を使ったと言われている。

神打は金属製の武器による攻撃を受けても傷がつかない一種の護身的な呪術である。白蓮教徒には銃による攻撃も無効であると考えられた時期もあったようだ。

ただし攻撃する側が神打を無効化する呪術師を戦闘に参加させるようになってからは、神打による白蓮教徒の優位性はなくなったと言われている。

しかし白蓮教徒の呪術は護身的なものには限られない。

放飛刀、埋狗頭など遠方から殺人が可能な呪いも使われたそうだ。ただし人を呪い殺すほどの呪術は一般の構成員には不可能であった。かなりの修行を重ねなければそこまでの呪力は身につかないからだ。

神打はほとんどの信者が使うことができた基本的な呪術であるが、放飛刀、埋狗頭などは多数の信者の指導者的な人物のみの秘術であったと言ってよい。

竹耳洞の呪い

竹耳洞で全滅した一派にも何人かの指導者的な人物が含まれていたはずである。

彼らが洞窟の中に閉じ込められ煙で燻されていた時、指導者たちは最後の力を振り絞って強力な呪いをかけたと言われている。

それが敵軍の呪殺を目的とした呪いであるか、清朝の滅亡を目的とした呪いなのかは今となってはわからない。しかし洞窟の中の白蓮教徒は何もせずに死んだわけではないのだ。

もちろんの軍の内部にも朝廷の中枢にも呪力を操る専門家がいた。これは中国の伝統と言っても過言ではない。彼らの法術により他人が仕掛けた呪いの効果は減殺されるのだ。

しかし竹耳洞の周辺には呪いの効果が残存しているという。

呪殺事件

人の死を目的とする呪術は陰陽理論から言えば「陰中之陰」つまり「陰の中の陰」に属する。季節的には冬、時刻で言えば深夜に「場」の陰が最も濃くなる。その時にわずかに残った呪いの作用が「場」の陰と同期し発動するのだ。

特に冬の季節には夜間に竹耳洞に近づいてはならない。これが陰陽理論からの帰結である。呪術の作用を予測するとき、陰陽理論は冷酷なまでに正確である。

実際に禁則を破った青年が怪死する事件が起きているのだ。

竹耳洞は非常に奥が深く、洞窟内にはまだ調査されていない区域が残っている。その区域に白蓮教徒が残した財宝が隠されているという噂があるのだ。この噂に誘引されて密かに竹耳洞に侵入する人が後を絶たない。

その青年も一攫千金の夢を抱いて洞窟に侵入したのだろう。観光客が少ない冬の季節のことである。

深夜に侵入したとみられる青年は、次の日の朝には洞窟の入り口付近で死体となって発見された。

外見からは事故の形跡も事件の形跡もなかった。警察が解剖したところ、信じられない結果となった。

青年の死因は窒息死であった。首を絞められたわけではない。低酸素のガスを大量に吸ったことが原因であった。気道と肺の中からは黒い煤が発見されたという。

200年以上前に煙で燻されて死んだ白蓮教徒たちと全く同じ死に方だったのだ。