中国のタバコ政策に隠された陰謀

中国のタバコ事情

中国人にとってのタバコは単なる嗜好品ではない。

まず第一にコミュニケーションの手段である。中国では初対面の相手に1本のタバコを勧めるところから会話が始まるのだ。

第二に敬意を示す手段である。

中国には非常に高価な贈答用のタバコが存在する。高価なものは日本円で1本数千円から数万円の価格だ。

葉巻ではなくシガレット1本が数万円なのである。このような高額のタバコを天価煙、または昴貴煙という。

天価煙を自己消費する人はいない。贈り物として用いられるのだ。

一部の天価煙には「礼之用」つまり贈答用と記されている場合もある。

有力者の手元には天価煙が集まる。これを全て吸っていたら空気を吸う暇がないだろう。

そういう場合は転売すればよいのだ。中国にはどのような商品にも「回収」業者がいる。特に高価な酒やタバコは転売が容易なのだ。

すぐに換金できる商品は事実上現金と同じである。つまり天価煙を贈ることは現金を渡すのと同じ意味をもつのだ。

庶民の日常生活においても、政治家との会合においても、タバコは単なる嗜好品ではないのだ。

タバコの弊害

タバコは中国人の文化に深く浸透している。しかしタバコには健康被害をもたらすデメリットがある。

焦油はタールを意味する

一般的に言えば中国のタバコは非常に「濃い」ので健康被害につながるリスクは日本のタバコの比ではない。

そこで中国では公共の場での喫煙が厳しく制限されるようになっている。屋外や飲食店での規制は日本以上に厳しいのが実情なのだ。

しかし中国政府はタバコ文化そのものは温存したいと考えているという。

タバコ文化の危険性

中国は日本以上に深刻な高齢化社会に突入するとされている。長く続いた「ひとりっ子政策」の弊害が現れ始めたのだ。

高齢化社会にはいくつもの問題があるが、そのうちのひとつとして高齢者医療費の高騰が挙げられる。

中国は高齢化社会の「先輩」である日本をよく研究している。「明日は我が身」だからだ。

高齢化が進行した日本では高齢者のケアに膨大な医療費が使われている。中国でも近い将来に同じ現象が起きるのは間違いない。

タバコを放置すれば、タバコによる健康被害をケアするために医療費が使われてしまう。

そうなると高齢化による医療費増加と重なり、医療福祉は危機的な状況に陥る可能性があるのだ。

そうだとすれば強権を発動して、現在よりも更に厳しくタバコを規制するという方向性が見えてくる。

しかしなぜかそうなってはいないのだ。

タバコ温存の思惑

仮にタバコを厳しく規制すればどうなるだろうか。

まず第一にたばこ産業が大きなダメージを受ける。

中国のたばこ産業は、アメリカの業者とは異なり、国際競争力をもたない。中国のタバコは中国国内の特殊な需要に合わせて発展してきたから、海外の需要とマッチしていないのだ。

また長期的に見ればタバコによる健康被害が減ることによって、医療業界の収益が減少する可能性が強い。

このことは医療費の抑制にはつながるが、産業としての医療にとってはダメージなのである。

中国政府としては、たばこ産業の収益も医療業界の収益にもダメージを与えたくはないのだ。

ふたつの産業が栄えれば、雇用確保、税収確保の面からはメリットがある。そのメリットのほうが、医療費高騰のデメリットよりも大きいと考えているのだ。

このような判断に基づく政策決定は中国ならではの判断だ。

アメリカでは医療費を負担する保険会社とたばこ産業の利害は対立している。両者は国全体の利益ではなく、自分の業界のメリットを考えて行動する。

そうなると政治的な強者の意見が通ることになり、アメリカではタバコは厳しく規制される結果になっているのだ。

ところが中国では「自国の経済を回す」という政府の判断が優先する。

多くの中国人がタバコを吸い、病気になり、治療を受ける方が、タバコを止めて健康になるよりも、経済にとってはプラスなのだ。

しかも医療費高騰は中国においては実は大した問題ではないとの考え方もある。

いくら医療費が高騰しても、医療に使われたマネーは中国から出て行くわけではない。中国国内の誰かの収入になるのだ。

中国国内にある限り、それは国家がいつでも取り上げることができるマネーなのである。

このように考えると、中国政府がマネーの流れを止めたり、何らかの産業を崩壊させるような政策を選択するはずがないことがわかる。

中国からタバコ文化が消えることは決してないのだ。