中国のネット情報操作というビジネス

ネット情報操作

中国では国策としてインターネット上の情報操作が行われていることは周知の事実である。

国策としての情報操作は、時にはグーグルへのアクセス禁止や、海外のSNSへの接続制限など、情報提供のプラットフォームを丸ごと規制する大規模で乱暴な行為に及ぶことがある。

現代のIT技術を駆使しても、ひとつひとつの情報をコントロールすることが困難なので、都合の良い情報も悪い情報もまとめて規制しているのだ。

では国内のSNSや情報通信はどうなっているのだろうか?

もちろん監視され、規制されている。公安の内部にはそのための部署が設置されているのだ。これは中国では常識である。

人海戦術

NGワードの発見は完全自動化することは難しい。

例えば「政府」がNGワードになれば、その代わりに「ZF」と書くなど、すぐに略語や隠語が登場するからだ。

そこでNGワードの発見や規制には人海戦術が必要となる。その業務の一部はIT企業にアウトソーシングされているようだ。

何億人という人たちが毎日アップする情報を監視しようとすれば、公安の人員だけでは対応が不可能なのである。

この結果、NGワードを認定し、そのNGワードを含む情報を抹消する権限をもつ民間人が大量に存在することになった。

このような状況がアングラビジネス隆盛の温床になっている。

情報操作への民間需要

ネット上の情報を操作したいと考えるのは政府だけではない。民間人や民間企業にも同様の願望がある。

検索で上位に表示されたい。口コミで良い評判を得たい。SNSで高評価を得たい。

ネット企業ならこれらの願望をもって当然だ。そのために予算を使ったとしても、正当な必要経費の範囲内だ。

日本でもSEOやネットマーケティングのコンサルに対策を依頼している企業は少なくないだろう。

しかし情報操作の需要は常に正当なものとは限らない。

例えばステマ、悪い評判のもみ消し、スキャンダル情報の抹消などは大衆の判断を歪める不正行為とみなされている。

特に情報のもみ消しは犯罪に該当する行為なのだ。

網絡水軍

現在の中国ではネット上の情報が大きく売り上げを左右する状況になっている。

これはネットビジネスだけではなく、実店舗で営業している業者にも共通の現象だ。

このためステマへの巨大な需要が存在する。そしてステマは違法とは言い切れないグレーな行為なのだ。

そこで料金を取ってステマを行う業者が繁盛している。中国ではこのような企業を俗に網絡水軍(ネット水軍)という。

網絡水軍の呼び名の由来は、今は閉鎖されている水軍網(水軍ネット)というウェブサイトである。水軍網はステマを依頼する企業とステマを行うブロガーをコネクトするサイトであった。

現在の網絡水軍はネットマーケティングのコンサルなどを名乗って営業している。彼らは独自にブロガーやコメント欄への書き込みの人員を確保している。

かつての中国ではブロガーの影響力が大きかったが、最近ではSNSで大量のフォロワーがいる人物(大Vなどと呼ばれる)の影響や、物販サイトでのコメント欄への書き込みの影響が大きいようだ。

網絡水軍はコメント欄への好意的な書き込みやSNSでの高評価を請け負い、配下の書き手や工作員に所定の活動を行わせるのだ。

高評価や短いコメントの書き込みは誰にでもできる簡単な作業だ。こうした人員の募集はネット上で行われている。コメント欄への書き込みは日本円換算で1件10円弱が相場である。

中国のウェブサイトではステマを見抜くと言われるソフトも利用されているようだが、ソフトの特性に合わせてステマの方式が変化するため、ほとんど役に立たないらしい。

そもそも「この商品を買って大満足です」などという書き込みをするのは、ステマか異常者だと割り切るほうが良いのかもしれない。

網絡水軍と隠蔽ビジネスの連携

ステマは、バレれば信用を無くす行為ではあるが、違法ではない。

しかしステマを請け負う業者は情報隠滅という違法ビジネスの窓口になっていることもある。

ネットには個人や企業のスキャンダル情報が出回ることもあるが、このような情報の隠滅を請け負うアングラビジネスが存在するのだ。

そのような企業はネット広告のコンサルや危機公関(危機管理会社)という名目で、表向きは合法な営業を行っている。

しかしこうした会社の創設者は、大手IT企業の退職者が多いのだ。彼らにはかつての同僚との人的なコネがある。このコネを利用して情報を隠蔽するのだ。

冒頭で紹介したように、中国では民間企業の中にもネット情報の抹殺権限をもつ人間が多数存在する。外部からの依頼により不正な情報隠滅を行う人員をその筋では「内鬼」と呼ぶ。

内鬼が動けば「不都合な情報」はネット上に存在しないことになるのだ。

情報隠滅の方法には次の3種類がある。

下沈
屏蔽
删貼

下沈は情報そのものには手を付けずに、検索順位を下落させる操作である。順位を深く沈めるから下沈なのだ。

このような操作が可能であるということは、中国の検索エンジンにそのような設定が可能な仕組みがビルトインされていることを物語っている。

屏蔽は検索結果に表示されなくする操作だ。検索エンジンのインデックスを削除するだけの操作だから、技術的には容易であり、最も原始的な方法であると言えるだろう。

従来は検索エンジンに表示されなければ、その情報が拡散する可能性は非常に低かった。しかしSNSが普及した現在の中国では、検索を経由せずに情報が拡散する状況になっている。

この状況下では情報そのものを完全に消去しなければ隠蔽が難しい。

删貼は情報そのものの削除である。書き込まれた情報をデリートすることによって隠滅するのだ。

この操作は検索エンジン運営会社には不可能である。しかしSNSを運営している企業にも内鬼はいるのだ。

中国では「カネを払って情報をもみ消す」という意味の収費删貼、有償删貼という言葉は日常用語である。ある種の情報がSNSのシステムの中で抹消されることは中国人の常識になっている。

ハッカーの暗躍

内鬼がいれば情報の隠滅は容易であるが、検索エンジンとSNSの両方に情報が上がったときにSNSの内鬼しか確保していないというケースもありうる。

またそもそも内鬼とのコネがない危機公関も存在する。

それでも情報の隠滅は可能だ。

彼らはハッカーを雇って情報の削除をしたり、SNS内の大きなグループの管理人を仲間に引き込んでいるのだ。

自分たちで削除できない場合は別のハッカーに下請けに出すケースもある。

2014年に摘発されたケースでは、SNSへの書き込みひとつを抹消する代金が千元強(日本円で2万円弱)であった。ある程度の数がまとまらなければビジネスとして成り立たない代金だ。

2011年からこのグループに加わっていたハッカーのひとりは、郊外の豪華な一戸建てとベンツを私有していた。つまり1回の削除に2万円弱かかる仕事への依頼が膨大にあったことを物語っている。

中国では政府だけではなく民間人も大いに情報操作を行っているのだ。