大凶穴の不気味な性質
隠宅風水に関する言い伝えの中に大凶穴というものがある。
大凶穴に遺体を埋葬すると、死者の子孫に非常に大きな幸運が舞い込むそうだ。
しかし埋葬された遺体に雷が落ちると遺体は僵屍(きょうし)になってしまう。
僵屍は「キョンシー」の語源であり、ゾンビを意味する中国語だ。
僵屍にも様々な種類があるが、大凶穴に埋葬した遺体は非常に凶暴な僵屍になり、人を襲うと言われている。
そのようなリスクと引き換えに幸運を手にしようとする遺族がいるようだ。
ただし一般人にはどこに大凶穴があるか判断することはできない。
風水の達人や修行を積んだ道士に依頼して大凶穴を探すのである。
陝西省の富豪
これは陝西省の会社経営者L氏の話である。
Lは映画で大凶穴という特別な場所があることを知っていた。
経営判断に占いを採用するほどの人物であったから、Lには道士や風水師の知り合いが大勢いたそうだ。
そうした人たちから、陝西省北部の楡林(ゆりん)の田舎に、彼らが一目置くほどのCという風水師がいると聞いていた。
腕は確かだが強欲だというので敬遠していたが、Lはある日突然、懇意にしている占い師にCを紹介するように頼み込んだ。
Lの父親が重い病気で入院したことが関係していたようだ。
楡林の風水師
Cと連絡を取ったLはさっそく楡林に行き、Cと面会している。
このときにLは大凶穴が実在するかどうかを確認した。
するとCは「間違いなく存在する」と断言した。
そこでLは大凶穴の位置を教えて欲しいと懇願した。
Cは承諾したが、かなりの額の金銭を要求したようである。
Cによると、大凶穴は単にその位置が分かったところで意味がないそうだ。
一定の方式を守って埋葬しなければ、大凶穴の風水的な作用が生まれないと言うのだ。
そこでLは「一条龍服務」を依頼した。一条龍服務とは、最初から最後まで全て面倒を見るという意味である。
こういう事情もあって、料金が高額になったのだ。
埋葬の日
やはりLは父親が死亡したら大凶穴に埋葬しようと計画していたのだ。
入院していた父親はひと月も経たないうちに亡くなった。
LがCに連絡を入れると、不思議なことにCは父親の死をすでに知っていたそうだ。
そして遺体を運ぶべき土地を指示した。自家用車に載せてひとりで来るようにとのことだった。
Lは言われたとおりに父親の遺体を運んだ。
そこは山西省との省境に近い山の中だった。車を停めるとふたりの助手を連れたCが待っていた。
助手たちは父親の遺体を棺から出し、自分たちが用意していたひとまわり小さい棺に移した。
ふたりはその棺を担いで歩き出した。LとCはその後ろを歩いた。
細い山道を30分ほど歩くと、土地が平坦になった。
ふたりが棺を置いたので、その先を見ると、穴が掘られていた。およそ1メートル四方の穴だ。棺を埋葬するにしては小さな穴である。
周囲の木には黄色い呪符が何枚も貼られていた。Cはすでに準備を整えていたようだ。
Lが「ここが大凶穴なのか?」と訊ねると、Cは「そうだ」と言って呪文を唱え始めた。
するとふたりの男は遺体の頭が上に向くように縦に棺を持ち上げた。そしてそのまま棺を穴の中に降ろした。
穴は人の背丈以上の深さに掘られていたのだ。穴の口径が小さかったのは、棺を縦に埋葬するためであった。
穴を埋めてからCは土瓶のようなものに入った液体を撒いた。ニワトリの血だという。
それで全ての儀式は終わった。
別れ際にCは「分紅を忘れるな」と言い残した。「分紅」とは「分け前」という意味だ。
法外な要求
中国では大凶穴に埋葬した遺体に7日以内に雷が落ちると僵屍になると言われている。
Lもこの話を信じていたので、7日が経過するまでは戦々恐々としていた。
目覚めているあいだは1時間ごとに天気予報を確認していたが、遺体を埋葬してから7日経っても晴天が続いていた。
大きなハードルを越えたと感じたLは、以前から目を付けていた株に思い切った投資をした。
大凶穴に埋葬した父親が本当に運気を向上させてくれるだろうか?
その1週間後に日本への出張から帰ったLは株価を見て驚いた。株価が暴騰し、たった1週間で本業の1年分の純利益に近い儲けが出ていたのだ。
Lは全ての株を売却して利益を確定した。
その直後である。Cから電話がかかって来た。
なぜかCはLが莫大な利益を確定させたことを知っていた。そして利益の半分を「分紅」として振り込むように要求したのだ。
すでに莫大な報酬を払っていたLはCの要求を断った。
するとCは「僵屍が怖くないのか?」と言った。
雷は落ちなかった。もはや僵屍を恐れる必要はないのだ。Lは黙って電話を切った。
しかしLは霊的な存在を人一倍強く信じていたから、Cの言葉を忘れることができなかった。
不安になったLは、Cを紹介してくれた占い師に電話をかけた。
株で莫大な利益を得たという話だけは省略して、それまでの経緯を全て打ち明け、埋葬してから7日経っても遺体が僵屍になることはあるのかと訊ねた。
すると占い師は「そういうことはよくある」と答えた。
ネット上には7日経てば安全だと書いてあることが多いのだが、それは全くの素人が書き込んだ情報であり、何の根拠も無いのだという。
その日の深夜、大凶穴の周囲は雷雨に襲われた。
翌朝、Lは自宅のすぐ近くで、パジャマ姿のまま、血塗れの死体となって発見された。
Lの妻は、Lが外出したことに全く気がつかなかったそうだ。
ドアには鍵がかかっていたというから、Lは深夜にパジャマ姿のまま外出して外から鍵をかけ、その後で何者かに殺されたことになる。
しかしLの所持品の中に自宅の鍵は見当たらなかったそうだ。
付記
Lの死の数日後、占い師はLから聞いた話と自分自身の霊感を頼りに、Lの父親が埋葬された大凶穴を探した。
Lから聞いた話がかなり具体的であったから、大凶穴らしき場所は簡単に見つかった。周囲には黄色い呪符が何枚も貼られていたそうだ。
その呪符に囲まれる位置に深い穴が開いていた。
穴の中には棺の残骸が残っていたが、遺体は無くなっていたそうだ。