農村の怖い話:井戸の中の死体

失踪事件

2016年10月1日午前9点過ぎのことだ。

遼寧省・北票市の公安局にSという男性がやってきた。Sは漢方薬の行商をしているという。

Sの訴えによると、一緒に漢方薬を売りに来た女性Lが失踪したというのだ。

9月28日の朝にLと別れて漢方薬を売りに出かけたが、その後連絡が取れなくなったそうだ。Lの携帯電話の電源は切られているという。

公安が詳しく事情を訊くと、漢方薬を売りに来たのは総勢5人であった。SとLは同じ村出身の幼なじみ、他の三人は隣村の知人夫婦とその親戚であった。

公安は一応Sたちの調査をしたが、Lの失踪に関与した形跡はなかった。

失踪当日、Lは北票市のバスターミナルから蒙古営郷行きのバスに乗車していた。

土地勘のある公安職員はLは蒙古営大橋で下車し、そこから徒歩で漢方薬の行商を始めたはずだと推測した。

ただし農村部には監視カメラが設置されていないので、映像記録からLの足取りを追うことはできなかった。

そこで公安は候補となる数か所の村を対象として聞き込み調査を開始した。

Lは髪を非常に目立つ色に染めていた。農村部では珍しいので、Lを目撃した住民はLを記憶していた。

最後の目撃者はLと会話を交わしており、しかもその時刻を10時40分ころだと記憶していた。

この証言により、Lが失踪したのはこの目撃者がいた地点よりも西の土地であることが特定された。

その地区には十数世帯しか存在しない。

その中にXという人物の家があった。Xの妻は1年前に死亡していたため、Xは独り暮らしをしていた。

周囲の住民への聞き込みによると、Xの評判はあまり良くなかった。以前から小さな窃盗などを繰り返していたようだ。

しかし公安はXがLの失踪に関与している証拠をつかむことはできなかった。

井戸の中

Lが失踪した翌年の2017年5月23日、北票市の農村で村の住民Wが去年から蓋をしていた井戸を開けた。

井戸をのぞき込むと、何か大きなものが投げ入れられていた。

井戸の暗さに目が慣れてくると、その「何か」の正体が見えてきた。

それは女性の遺体だった。

通報を受けた公安が遺体を引き上げた。それこそが失踪したLの遺体だったのだ。

法医学者の鑑定によりLが死亡したのは半年ほど前だと判明した。Lの失踪時期と符合する。

遼寧省の冬は寒い。厳寒の冬季は井戸に蓋をして使用しない。だから半年も発見されなかったのだ。

遺体が発見されたことにより、Lの失踪事件は明確に殺人事件だと断定された。

公安は複数の線からXの関与を疑っていたが、遺体が発見されるまではLが犯罪の被害に遭ったという確証がなかった。

遺体が発見されたことがきっかけとなって、ようやく大規模な家宅捜索が行われたのである。

被害者の足取りから考えれば、Xの自宅が殺害現場である可能性が高かったからだ。

しかし半年前の犯罪の証拠はすでに隠蔽されていた。犯行現場は奇麗に片付けられていたのだ。

証拠発見は困難かと諦めかけていたとき、ひとりの捜査員が門の隙間に黒い点を発見した。

それはたった一滴の血痕だった。

血痕

しかし現在の科学技術を用いれば、それだけのサンプルがあればDNA鑑定が可能である。

その黒い点は殺害されたLの血液であることが判明したのである。

Xを逮捕するために公安が迫って来たとき、Xはすでに極度の緊張状態に追い込まれていた。公安の姿を見たXは気絶してしまったという。

Xの供述によれば、漢方薬を売りに来たLを強姦しようとしたところ、抵抗されたため殺害してしまったそうだ。

どんな人物かわからない人を相手に、寂しい村で行商を行う女性は今でも少なくない。

99人が善良な客であっても、ひとりの変質者に当たってしまう可能性を考えると、行商という仕事が途端に恐ろしく感じられてくる。