盲目の少女の死体

消える少女たち

清朝末期のことである。

四川の北部一帯で少女の失踪事件が相次いでいた。

わずか1年のあいだに10名以上の少女が突然姿を消していたのだ。いずれも10歳前後の少女だった。

しかし同じ村で姿を消すのはひとりだけだったため、それぞれの失踪事件が互いに関連していることに誰も気がつかなかった。

少女が失踪した村では、鬼神の仕業だと噂されたそうだ。

なぜなら少女が行方不明になったのは例外なく日中だからである。

いくら少女とは言え、10歳前後になればそれなりの分別がつく。仮に何者かが誘拐したのであれば、大声を上げるなり泣き叫ぶなりして、誰かが気付くはずなのだ。

第一、抵抗する少女を村の外に連れ出すのは容易なことではない。いくら大人でも、ひとりでは不可能だろう。

複数のよそ者が村に出入りすれば非常に目立つのだが、そのようなよそ者も目撃されていなかった。

当時の常識からすれば、霊的な何かが関与したと考えるしかなかったのだろう。

土砂崩れ

現在の四川省・綿陽市内に平武県という土地がある。

平武県は、現在では世界的に有名になっている九寨溝(きゅうさいこう)に隣接している土地であり、自然環境は九寨溝と似通っている。

少女失踪が相次いでいた頃、平武県内の村に近隣の村から人が集まっていた。

崖から崩れて来た土砂が小川を塞いだのをきっかにして、土砂を取り除くついでに灌漑用の水路を作る工事が始まっていたのだ。

小さな村にとっては大きな工事だった。工事現場には常時20名前後の人がいた。

ある日の昼のことである。

作業現場の男たちが集まり、村の女性たちが用意した昼食を食べ始めた。

そこへ大きな荷物を背負った中年の男が現れた。その村に住んでいるCという男だ。

Cは病弱であったから、キツイ肉体労働には参加していなかった。

村人たちは工事現場にCが現れたのを見て「珍しいこともあるものだ」と思ったという。

不思議なことに普段なら軽く挨拶を交わすはずなのに、Cはその場の人たちをまるっきり無視して、水路を作るために掘られた溝に近づいて行った。

そして背負っていた荷物をその溝に投げ入れたのである。

それは汚れた布で包まれた大きな「何か」であった。Cの無造作な扱いからすると、ゴミを捨てたように見えた。

せっかく掘った溝にゴミなど捨てられてはたまらない。

その場にいた男たちがCに怒鳴りつけたが、Cは何の反応も示さないまま帰って行った。

現場の男たちが溝に投げ込まれた布を開くと、中から少女の死体が現れた。

驚いた村人はすぐに役人を呼んだ。

配下の吏員を引き連れてやって来た役人は、遺体の検分を始めた。

遺体は全裸であった。腹部は裂かれ、内臓の一部が取り出されていた。

「この娘が誰かわかる者はいないか?」との質問に、隣村から来ていたふたりの男が、自分たちの村のZという鍛冶屋の娘であると証言した。

その娘は幼いときの事故で目が見えなくなっていたというので、役人が遺体の目を検めてみると、確かに娘の両目は白く濁っていたそうだ。

奇妙な証言

役人はCの家に捕縛のための人員を向かわせた。

Cは自宅で寝ているところを捕えられた。

衙門(役所)に連行されたCは役人の質問に対して「自分とは関係がない」と言ったが、衙門に集められた大勢の目撃者の証言を聞くと、あっさり罪を認めた。それどころか、余罪についても白状したのである。

驚くべきことに、Cは近隣の村から娘を誘拐し、肝を取り出して食っていたのだ。そうすることによって、寿命が延びると考えていたからだ。

誘拐するときに少女が騒がないように、麻酔作用のある漢方薬を混ぜた飴を食べさせていたという。

それにしても不可解なことがある。

なぜCは衆人環視の状況にもかかわらず、少女の遺体を溝に投げ捨てたのだろうか?

この点について質すと、Cは意外な返事をした。

以前のCは少女の遺体を山の中に捨てていた。山奥まで遺体を運ぶのは重労働であった。

その日も遺体を山に運ぼうと思って歩いていたのだが、途中差し掛かった工事現場に誰もいなかったので、誰も見ていない隙に溝の中に遺体を捨ててしまおうと考えたというのだ。

不思議なことにCにはその場にいた大勢の人たちの姿が見えていなかったのだ。

これは少女の霊魂がCの五感を幻惑した結果に違いない。つまり人は死んでも霊魂は不滅なのだ。

このことを悟ったCは、満足げな態度のまま処刑されたそうだ。