死刑になる犯罪
中国の刑法によれば、極めて重大な犯罪(罪行极其严重的罪犯)に対して死刑が適用されるという抽象的な定めがある。
死刑を伴う具体的な犯罪の規定は非常に多い。
反乱、暴動、スパイなど国家転覆に繋がる行為(危害国家安全罪)
放火、爆破、ハイジャックなど公共の危険を脅かす行為(危害公共安全罪)
ニセ薬の製造販売、有毒食品の製造販売など、社会秩序を乱す行為(破壊社会主義経済秩序罪)
殺人、傷害、強姦、誘拐など人身の安全を脅かす行為(侵犯公民人身権利、民主権利罪)
強盗などの財産を脅かす行為(侵犯財産罪)
密輸、組織売春など、社会管理を脅かす行為(妨害社会管理秩序罪)
軍事施設を破壊するなど国防を妨害する行為(危害国防利益罪)
贈賄、収賄(貪汚賄賂罪)
命令違反など、軍内部の統制を乱す行為(軍人違反職責罪)
軍人違反職責罪の中に死刑を定めた規定がかなり多い。また組織犯罪に対しても死刑を定めた規定が目立つ。
しかし現在の中国社会で実際に頻発しているのは、国家レベルの秩序を乱す犯罪ではなく、殺人や強盗など個人の生命身体を脅かす犯罪である。
死刑判決
中国の刑法は「すぐに死刑を執行する必要がないとき」は緩期二年執行を宣言することができると定めている。
緩期二年執行は日本にはない制度である。重要なポイントは、緩期二年執行が宣言された死刑判決は、事実上は死刑ではないという点だ。
つまり緩期二年執行が宣言されない死刑判決を受けた場合にだけ極刑が待っているのだ。詳しくは緩期二年執行についての記事をご覧いただきたい。
死刑の執行には「執行死刑命令」が必要である。これは最高人民法院の院長による命令である。
最高人民法院が死刑判決を審査したうえで許可した場合に執行死刑命令が出されることになっている。
日本では死刑執行の手続きは行政部門が行うが、中国では司法部門で完結するのである。
判決を下した人民法院が執行死刑命令を受け取ってから7日以内に死刑が執行される。
ただし女性の死刑囚が妊娠している場合は、妊娠している状況が消滅(分娩、死産など)するまで執行が停止される。
死刑の場所
死刑は「刑場」または「覊押場所」で執行することになっている。
覊押[jī yā]場所とは、人の身柄を拘束しておく施設を指す言葉である。監獄の他にも看守所、拘留所、留置室などが覊押場所に含まれる。
刑場は繁華街や交通の要衝や観光地に設置してはならないという規定がある。
つまりもともとは公開死刑を前提とした規定になっているのだ。かつての中国では死刑公開は珍しくなかった。
ただし現在の中国では死刑は公開されていない。
この理由については様々な憶測がある。ひとつは死刑公開は野蛮であるからというわかりやすい説明だ。
実際には死刑を公開すると諸外国から注目を集めたり、死刑執行の総数を推計されたりするのを嫌った結果だという意見もある。
また死刑執行現場で死刑囚に対する乱暴な扱いが行われているのを隠すためだという説もある。
なお現在の中国では「遊街示衆」も禁止されている。
これは江戸時代の「引き回し」と同じように、犯罪者を大衆の目に晒す行為である。
少し以前の中国ではこのような行為が堂々と行われていた。画像資料もたくさん残されている。
現在でも民衆に捕らえられた窃盗犯人などが、私的な制裁として晒しものにされる例がある。
死刑執行の方法
現在の中国では事実上は薬物注射と銃殺の2種類の方法が採用されている。
ただし最高人民法院の承認があれば、他の方法を採用することもできることになっている。
銃殺は武装警察に執行を任せることができるが、特に条件が付された場合には司法警察が執行しなければならない。
執行現場の警備は公安部門が担当することになっている。
三権分立を前提とした日本人の常識からすると、司法部門と行政部門が共同する中国の制度はわかりづらい。
薬物注射は銃殺に比べると執行に一定の技術が必要である。
司法警察が死刑囚の体の固定を担当し、専門医が薬物の使用と死亡確認を監督することになっているが、このような条件が整う施設は限られているので、現在の段階では銃殺が主流である。
ただし死刑囚の多くは銃殺よりも薬物注射のほうを希望していると言われている。また銃殺された死体は損傷が激しいので死刑囚の家族も薬物注射を希望することが多い。
より「文明的」な死刑制度を整備するために、中国政府は銃殺から薬物注射への移行を推進している。
なお薬物注射にはチオペンタール(麻酔薬)、パンクロニウム(筋弛緩剤)、塩化カリウムの混合物が用いられる。
心臓を止めるには塩化カリウムだけで十分だが、苦痛を最小限にするために、混合薬物を使うのである。
この結果、死刑囚は病気の治療のための注射と同じ程度の苦痛しか感じない。注射から1分以内に死亡すると言われている。
政府の方針に対しては、凶悪犯罪者にそのような配慮は必要ないとの意見もあるが、刑事行政や国家そのもののイメージに関わる問題なので、政府の方針は変わらないだろう。
死刑執行が決まると家族や親類との面会が許されるようだ。
遺言などがあれば記録に残される。
死刑執行前には厳格な本人確認が行われる。また死刑執行の前後の写真を撮るルールになっている。
これらの規定は死刑囚とは別の人物が処刑されることを防止する規定である。つまり、かつての中国では身代わりの人物に死刑が執行されてきた暗黒史が存在するということだろう。
特に規定はないが、死刑は朝6時に執行されることが多い。
6時半に「あの世」の門が開くからだという説明もあるが、死刑囚の精神的プレッシャーを軽減するためだという説もある。
ただし例外もあり、午後の遅い時間に執行されることもあるようだ。
このような場合には、最後の食事としてザリガニをつまみにビールを飲む死刑囚もいるという。もちろん有料だ。
執行が終わると遺族に遺体の引き取りを要請する通知が届く。火葬した後に遺骨を引き取るように通知するケースもあるようだ。
中国では死刑囚から臓器が摘出されているという疑惑が囁かれているので、火葬してから引き渡す方式が認められているのは非常に不気味である。
付記
以上は2018年5月の段階の情報である。法制度は改正変更の可能性があることにご注意いただきたい。