明末の亡霊が彷徨う街灯のない街

揚州十日

長江の河口から200キロほど遡ると揚州という街がある。

揚州は長江と大運河との連結点であり、古くから中国を代表する経済と文化の中心地である。奈良時代に日本に仏教の戒律を伝えた鑑真和尚の生誕地としても有名だ。

この揚州で、かつて大量殺戮が行われた。

明の末期、南下してきた清軍が揚州を攻撃したときのことである。城内に侵入した清軍は10日かけて城内の80万人を殺戮したといわれている。

揚州十日記
揚州十日記

水運の街である揚州の水路はことごとく血の色に染まり、積み上げられた遺体の高さは建物の屋根の高さに達したという。

この事件は清の時代には完全に封印され、文字記録に残すことは許されなかった。しかし殺戮の最中に揚州から脱出した王秀楚が『揚州十日記』に事件の詳細を記録していた。『揚州十日記』の写本の一部は海外に流出し、辛亥革命のころに中国に逆輸入されたらしい。

この事件を『揚州十日記』の名にちなんで揚州十日あるいは揚州城という。

螺絲結頂

現在の揚州に螺絲結頂(らしけつちょう)と呼ばれる地区がある。

中国でも珍しいこの名前は、かつてこの地区にあった公衆浴場の名前に由来すると言われている。その浴場は小さな建物の中にあり、1階と2階を螺旋階段が結んでいたそうだ。

気味の悪いことに、地元の方言で「螺絲結頂」を発音すると「壘屍及頂」と同じ音になるという。壘屍及頂は「屋根の上まで積み上げられた死体」という意味だ。

螺絲結頂は細い道が入り組んだ迷路のような一角である。螺絲結頂には枝分かれした曲がりくねった小道がある。広い所でも幅2メートル、狭い所では1メートルほどしかない。

螺絲結頂は奥まった住宅地なので昼間でも人の往来は少ない。狭い路地は薄暗く陰々滅々とした雰囲気が漂う。

その雰囲気は単に日差しが届かないからであるとか、人通りが少ないから感じるものとは性質が違う。心の奥底に冷気を吹き込むような不気味さを秘めているのだ。

もしかするとそれは螺絲結頂の歴史と密接にかかわるものなのかもしれない。実を言うと螺絲結頂は揚州十日で殺害された死体が積み上げられた土地なのだ。

現在の螺絲結頂に相当する地区は建物の屋根の高さまで積み上げられた死体の血液で赤黒く染まった過去があるのだ。

無灯街

夜になると螺絲結頂は自分の指先さえ見えないほどの闇に支配されるという。そのような状態を放置するのは不便であるし治安上の問題もある。中国の住宅地の小道には街灯が設置されるのが常識なのである。

実は螺絲結頂にもかなり以前に街灯が設置されたことがある。しかしそれが役に立たなかったのだ。なぜなら街灯の明かりがつかなかったからだ。

いくら調べてみても点灯しない原因はわからなかった。結果的に螺絲結頂は街灯のない一角になってしまったのだ。

奇妙なのは街灯だけではない。懐中電灯の明かりも螺絲結頂に来ると消えてしまうというのだ。

自転車のライトもバイクのライトも消えてしまうから、夜間にどうしても螺絲結頂を通らなければならない人は、自転車もバイクも押して通行するしかないのだ。

螺糸結頂は決して明かりがつかない。そのため地元では無灯街とも呼ばれている。

怪現象

螺絲結頂では電灯が機能しなくなるだけではない。数々の怪現象が報告されているのだ。

最も多いのは怪音である。どこからともなく人の泣き声が聞こえたり、門がきしむ音が聞こえることがあるという。またなぜか琴の音が聞こえることもあるそうだ。

怪音の出所はわからない。音の方向にはただの空間があるだけなのだ。

あたかも時空の揺らぎの向こうから声だけが漏れてきたかのように、人の気配が全くない路地に怪音が響くのである。

時空を超えて螺絲結頂に現れるのは音だけではない。

これは別の地域に住む老人が夜中に螺絲結頂の小道を通り抜けようとしたときの話だ。

自転車が故障してしまったので電柱に鎖で固定して次の日に取りに来ようと考えた。螺絲結頂の夜は暗い。きわめてわずかな月の光を頼りに電柱を探していると、壁際にそれらしきものが見えた。

そこに近づいた老人は驚愕した。それは直立した人間だったからだ。棒立ちになったまま少しも動かない。その人の肩の上にはもうひとりの人間が立っていた。

見上げるとその上にも人間が立っていた。合計4人の人間が垂直に立っていたのである。表情を見ると死人のようであった。老人は自転車を放置してその場から逃げ出したそうだ。

また日の出前に釣りに出かけた男性が近道をするために螺絲結頂を通り抜けようとしたときに葬列に出会ったという話も伝わっている。

彼は葬列に道を譲った。しかしすぐにこんな時間に葬列が通るはずはないと気づき、目をかたく瞑って念仏を唱えたという。目を開いたときには葬列は跡形もなく消えていたそうだ。

これらの怪奇現象が起きるのは揚州十日の大量虐殺で殺された人たちの魂がいまだに螺絲結頂をさまよっているからだと考えられている。

この地区の住民は夜は決して外出しないそうだ。それだけに夜間にこの地区で人影を見たら、それは人ではない何かだと言われている。