大量死を招いた風水鏡殺人の悲劇

風水鏡という呪器

中国の南部や香港では民家の窓に風水鏡が掛かっていることが多い。風水鏡はその場の風水を好転させ福を呼び込む呪器である。

中国人は運気を上昇させることに並々ならぬこだわりを見せる。

どれほど努力しても運が悪ければ浮かばれないし、運さえ良ければ労せずして幸福を手に入れることができる。

この中国社会のありようが運気にこだわる世相を醸成しているのかもしれない。

風水鏡の作用

風水鏡は自宅の風水を好転させるだけではない。

その反射的作用として他人の風水に悪影響を及ぼすことがある。ここが一般的なラッキーアイテムとは異なるところだ。

風水にこだわる人は他人の風水鏡にも気を配らなければならない。しかし風水理論は複雑である。他人の風水鏡が自分にどのような作用を及ぼすか明確に判断することは難しい。

だから風水を気にする人は疑心暗鬼に陥りやすい。

近隣の住民が風水鏡を使い始めてから何かしらの不幸があれば、その風水鏡が悪影響を及ぼしたと考えがちなのだ。

このような時の消極的な対策として自分自身も風水鏡を使うのは中国ではごく一般的なことだ。もともと風水鏡を設置していなかった人が、他人の風水鏡からの悪影響を避けるために、一種の防衛策として風水鏡を用いることも少なくないのである。

誰かが風水鏡を設置するとその悪影響を避けるために別の家でも風水鏡を設置する。今度はその風水鏡の害を避けるためにまた別の家でも風水鏡を設置する。

このような連鎖の結果、香港などでは静かな風水鏡戦争が起きているのである。

しかし誰もが消極的な対策で済ませるとは限らない。実際に風水鏡は騒音や異臭以上に大きな近隣トラブルの原因にもなるのだ。

大量殺人

河南省中部に魯山県という地区がある。中国では絹やショウガの産地として有名な土地だ。

この魯山県に北郎店村という小さな村がある。

村というよりも集落と呼んだ方がよいと思われるほどの小さな村だ。地元の人しか知らなかったこの小さな村で全国的な注目を浴びる大事件が勃発したのである。

風水鏡

2014年5月20日。北郎店村でわずかひと晩のうちに8名が殺害される殺人事件が発生した。

犯人はたったひとり。被害者宅に侵入した犯人は鉄パイプなどの凶器を用いて次々に家族を襲った。

7名がその場で死亡し、ひとりは病院に搬送中に死亡した。被害者のうち3人は子供、2名は老人であった。犯人は無抵抗の人たちを次々に殺戮したのである。

近隣住民の自首

犯人は事件の直後に自首した。その男は同じ村に住む被害者の近隣住民であった。

この事件は単独犯による大量殺人というだけでも大きな注目を集めたが、殺人の動機があまりにも特殊であったことから、現在でも風水鏡殺人事件として語り継がれている。

取り調べに対して犯人は次のように供述している。

事の起こりは数年前に犯人が祖先の墓を改修した直後に遡る。

風水の世界では自分たちが住んでいる住宅を陽宅というのに対して、祖先の墓を陰宅という。

日本で風水と言えば自宅の風水を指すことが多いが、中国では陽宅の風水よりも陰宅の風水を重視する傾向がある。中国の歴代皇帝の陵墓は例外なく風水上の「宝地」に造営されているのだ。

中国では墓の改修は陰宅の風水改善を意味する。このことにより運気が上昇すると考えられているのだ。

墓を改修した当時の犯人は仕事上も生活上も不運続きであった。やはり犯人も運気向上のために思い切って墓を改修したのである。

ところが墓を改修してからも犯人の運気は上昇するどころか不運続きであったという。

風水鏡の呪い

不審に思った犯人が墓の周囲を観察すると、墓の近所にある被害者宅が門に風水鏡を設置しているのを発見した。

犯人はその風水鏡こそが自分の不幸の原因だと考えるようになった。風水鏡の影響で陰宅の風水が穢されていると感じたのだ。

そもそも犯人と風水鏡を設置した家族との間には土地をめぐる近隣トラブルがあったらしい。そのことが事態をさらに複雑にした。

地元の噂によれば犯人は風水鏡を取り外すように再三要求していたが、被害者家族は取り合わなかったようだ。

そのような状況の中で病魔が犯人を襲った。犯人にしてみればこれも風水鏡の影響である。

復讐

このままでは座して死を待つしかないと思い詰めた犯人は復讐のために被害者家族を襲ったのだ。

北郎店村にはひとりだけ風水師がいる。中国の農村部にはどんなに小さな村にも風水先生、法師、仙娘などと呼ばれる霊能力者がいると言われている。北郎店村も例外ではなかったのだ。

被害者に風水鏡の設置をアドバイスした人物がいるとすれば村で唯一の風水師以外に考えられない。犯人にしてみればその風水師は自分に呪いをかけたに等しい存在である。

実は犯人は被害者宅を襲撃した後に、風水師も殺そうと計画していたのだ。

実際に殺人事件を起こした直後に犯人は風水師の自宅まで行き侵入を試みていた。しかし戸締りが厳重で侵入することができず諦めていたのだ。

仮に侵入に成功していたら9人目、いや、さらに多くの被害者が殺されていたことは間違いない。