医師の占い「太素脈法」の伝説

脈診

漢方にせよ鍼灸にせよ治療の前には診断が必要である。正確には診断ではなく弁証(べんしょう)というのだが、今回の話には関係がないのでわかりやすく「診断」としておく。

漢方の診断といえば舌をみる舌診(ぜっしん)と脈をみる脈診(みゃくしん)が思い浮かぶだろう。

脈診は極めて独特な診断方法であり、神秘的な雰囲気を漂わせているため、中国には脈診にまつわるさまざまな伝説が存在する。

よく耳にするのが脈診だけで過去の手術を見抜かれたとか、持病を見抜かれたという話だ。もっと極端になると脈だけでその人の全てがわかる名医がいるという話になる。

太素脈法

脈診は体の状態を知る手段である。しかしそれだけではなく脈によって吉凶を占うこともできるとされている。この技術を太素脈法(たいそみゃくほう)という。

太素脈法の基本は腕の数か所から得られる全ての脈のパターンを五陽脈、五陰脈、四営脈に分類し、それらの組み合わせにより吉凶を占う技術である。

この方法を用いると本人の運勢だけではなく、その人の関係者の運気をも占うことができる。

太素脈法はかなり昔から存在していたようだ。漢代にはすでに存在したとする説が一般的だが、さらに以前から同様の脈法が存在していたという意見もある。

太素脈法の奥義は明代の道士である張太素によって『太素脈秘訣』という書籍にまとめられ、現代に伝えられている。

医師と卜占

太素脈法を用いるのは漢方医や鍼灸医である。中国では伝統医学の専門家が占いの達人であることが少なくない。

これには理由がある。中国伝統医学の基礎理論は陰陽理論および五行説であると言われるが、それだけではなく易学も少なからぬ影響を与えているのだ。

従って中国伝統医学から派生した医術である漢方や鍼灸の専門家は、自ずと易にも詳しくなるのである。実際に医師であると同時に太素脈法の達人であった人物の伝説は少なくない。

家族の生死を予言する

宋の紹興年間(1131年から1162年)に邢(けい)という医師がいた。邢医師の占いはよく当たると評判であった。

この評判を聞きつけた韓という男が邢医師を訪ね「遠方に旅に出るつもりだが問題がないか占って欲しい」と依頼した。

邢医師は韓の脈をとり、すぐに「問題はない」と答えた。しかしこれに続けて「旅から帰ったときには奥さんと会うことはできない」と言った。

韓は心配になったが、邢の占いを完全に信じていたわけではなかった。結局予定通り旅に出かけた。3カ月後に家に戻ると、妻は病死していたそうだ。

邢医師には別の話もある。

朱という高官が邢医師に往診を依頼した。患者は息子の妻であった。病状は軽く治療すら必要がないくらいだった。邢医師は「このままで何の問題もありませんが、もしも出産したら命は助かりません」と告げた。

その後、妻は健康を取り戻した。あまりにも健康になったため、朱一家は邢医師の言葉など忘れてしまった。妻は1年後に男子を出産した。しかし、その直後に重い病気に罹ってしまったのだ。

朱は再び邢医師に往診を依頼した。しかし邢医師は「出産したら命はないと言ったはずだ」と言って往診を断った。その数日後、妻は死亡したそうだ。

遠方の名医を言い当てる

南宋の時代のことである。

湖南省の男性が泗州(ししゅう)を通過していたときに占いの達人の噂を聞きつけた。官僚になることを夢見ていたその男性は、占いの達人を訪問して任官が叶うかどうか占うように依頼した。

医師は男性の脈をとり、任官が叶うと断言した。喜んでいる男性に「ただし医師にも治せない重い病気に罹る」と告げた。

男性は何とか助かる方法はないかと訊ねた。すると医師は杭州(こうしゅう)には李東垣(りとうえん)という医師がいるはずだから、その医師に治療を依頼すれば助かる可能性がなくはないと答えた。

当時の都である杭州に居を構えた男性は、医師が占った通り任官を果たした。占いは正確である。病気を発症する前に何とかしたい。男性は必死になって李東垣を探した。

李東垣(りとうえん:1180年から1251年)は後に金元四大家(きんげんよんたいか)のひとりに数えられる漢方医学の巨星である。しかしこのときはまだ無名の医師であった。

ようやく李東垣を探し出した男性は治療を依頼した。脈をとった李東垣は男性の体に毒気が満ちているのを知って驚愕した。そして大量の梨を食べさせるという薬膳的な治療を行った。

その結果、いったんはデキモノが体を覆うほどの危険な状態になったが、一命をとりとめたそうだ。

上海の達人

国民党政権時代の話である。上海に太素脈法の達人がいた。

この人の占いは非常に高額であったが、的中するとの評判が広まっていたそうだ。本業は医師であったが占いを依頼する客のほうが多かったと言われている。

あるときこの医師のもとに男性が訪ねてきて将来のことを占わせた。

医師は太素脈法によって「あなたの男のお子さんは7歳までしか生きられません」と占った。

この男性にはすでに子供がいた。3人の娘は健やかに育っていたが、2人の男児は確かに7歳になる以前に死亡していた。しかしもうひとりの男児はこの時点で10歳になっていた。

男性は「自分には10歳の息子がいる」というと医師は占いの代金を返却したそうである。

ところが後に思わぬ事実が判明した。10歳の息子は妻の浮気相手との間にできた子供だったのだ。

このことを知った男性は怒るよりも先に占いの確かさに驚いたそうである。

Posted by 編集長 妙佛大爺

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