鬼附身
中国では怖いもの、恐ろしいものを広く鬼と呼ぶ。怪物も鬼であるし、目に見えない幽霊も鬼といわれる。
中国で生活したことがある人なら日本鬼子という言葉を一度は聞いたことがあるだろう。日本鬼子は中国の抗日ドラマの中でいまだに使われている言葉なのだ。
中国には鬼附身という言葉がある。
これは鬼に憑りつかれることを意味する言葉だ。
何かの霊に操られているかのように振るまい、または別人格に変化して奇妙な話を語る。
つまり日本のきつね憑きのような現象が鬼附身なのだ。鬼附身が霊魂附体とも呼ばれるのは、このためである。
ただし日本のきつね憑きと鬼附身は必ずしも同じではない。
他人には聞こえない話し声が聞こえたり、他人には見えないものが見えたり、超能力が使えるようになることも鬼附身の一種なのである。
中国ではこれらの現象は鬼の仕業であると考えられている。中国での鬼のイメージが日本とはかなり異なることがおわかりいただけるだろう。
中国には、いまでも鬼が存在すると信じている人は少なくない。
鬼の存在が当然視されているような農村もあるそうだ。鬼を信じる人たちが暮らす村では鬼附身も珍しくないという。
古壺の中
鬼附身には何らかのきっかけがあることが多い。例えば次のような話がある。
重慶市管轄下のある小さな村でのことである。
ひとりの中年男性が開墾作業をしていると、蓋付きの古い壷を掘り当てた。
その男性は骨董的な価値があるものかもしれないと期待してその壷を持ち帰った。
中国では実際に古物を掘り当てて思わぬ収入を手にする人がいるので、この男性の期待も荒唐無稽とはいえないのである。
しかしその壷は持ち帰るべきものではなかったのだ。
しばらくすると壷からとてつもない異臭が漂い始めたのだ。男性は思い切って壷の蓋を開けてみた。すると中には赤紫色に変色した嬰児の死体が入っていたのだ。
その日以来、男性には子供の泣き声が聞こえるようになった。精神の病気だろうと考えて医師の治療を受けたが、全く効果がなかったという。
結局このケースは鬼附身であるということになり、陰陽先生が解決したそうだ。
鬼が憑りつく理由
鬼はなぜ人に憑りつくのだろうか?
それは鬼が転生するためだと言われている。
そもそも鬼は自殺や事故などで死亡した人間の怨念である。恨みを残して死亡した人間の魂は転生することができず、鬼になってしまうのだ。
しかし鬼に憑りつかれた人が死んだり、鬼に憑りつかれた人が誰かを殺すと、鬼は転生することができる。
誰かの死と引き換えに鬼は転生できるのだ。
だから鬼は人に憑りついて誰かを殺そうとする。それが鬼附身なのだ。
死体を発見してしまうというのは極端なケースであるが、午後3時以降に墓に行ったり、寝室に鏡を置いたり、他人の下着や靴下を着用したりすると、鬼附身が起こりやすいと言われている。
駆鬼
鬼附身が発生すると、これを収めるための専門家が呼ばれる。このような専門家を俗に陰陽先生という。
陰陽先生は鬼を追い払う術を心得ている。鬼を追い払うことを打鬼、送鬼、駆鬼などという。
駆鬼の方法はさまざまであるが、咒符や咒語や犬の血が用いられることが多い。
妖魔のたぐいは不浄を嫌うと考えられており、それゆえに血には魔除けの効果があるのだ。
犬の血は他の動物の血でも代替できるのだが、犬の血を使う人が多いようである。動物は多かれ少なかれ霊力を持つが、犬の霊力は特別に強いと考えられているからだ。
駆鬼により怪奇現象は収まると、その後に特殊能力が備わる人も少なくない。
例えば他人の病気を治す力を備えたり、予知能力を身につけたり、紛失物の行方を言い当てたりするのだという。
現代の常識は鬼附身を一括して精神病であるとか、暗示によりものであると理解する。
しかし実際に鬼附身を目の当たりにすると、鬼の存在を肌で感じるほど不気味な現象なのである。
鬼の存在を信じる中国人は、決して不吉な土地に近づこうとはしない。鬼附身の餌食になることを心底から恐れているからだ。