太古から連綿と続く祝由術の不思議

祝は呪なり

中国の古い書物に「祝者呪也」という言葉がある。「祝はすなわち呪である」という意味である。古代中国において祝は呪術を意味したのだ。

現在の日本で呪術と言うと邪悪な目的のために密かに使われるイメージが強い。

しかし古代の中国では生活のあらゆる場面で呪術が重要な役割を果たしていた。例えば呪術は病気を治療するために不可欠の技術であった。

由は病の原なり

中国では病気を治す呪術を祝由術(しゅくゆうじゅつ)と呼んでいた。祝由術の「由」は「病の原由」すなわち病気の原因を意味する言葉だ。

呪術により治療を行う医師を巫医(ふい)という。中国ではそもそも医者は呪術師であった。古い毉という字には巫が含まれているのだ。

古代の医師は呪術、薬草、鍼灸を駆使しながら治療を行っていた。後に薬の専門家、鍼灸の専門家、呪術の専門家が分化するが、どの専門家も医者とみなされていたのだ。

唐の時代の中国には祝由科(しゅくゆうか)という独立した医学の分野があった。明代の太医院には医術十三科が設置されていたが、この中にも婦人科や眼科などと並んで祝由科が設けられていたのだ。

ただし嘉靖帝(かせいてい:1507年から1567年)の時代には宮廷での祝由科は有名無実になっていたようだ。当時の医学者は「祝由科は廃れてしまい民間にだけ残っている」と言っている。

巫医の治療

巫医の呪術には詛呪式、祈求式など様々な種類がある。

詛呪式は呪文、呪符、鞭の音などを使って病気の元である鬼神を追う払う方法である。

祈求式は神の加護により病を癒して欲しいと祈る方法である。

霊的な世界には邪悪なものと神聖なものがあり、どちらも人の健康に影響を及ぼすことがあると考えられていたのだ。

患者のほうでは病気の種類に応じて医師を選んでいたようだ。特に病気の原因が霊的なものであると疑われた場合に巫医に治療を依頼したらしい。

例えば明代には神廟に入った直後に体調が変化した患者や、陰鬱とした土地に行った直後に酒に酔ったような状態になった患者が巫医を頼ったという話が残されている。

こうした病気は鬼附身と呼ばれる霊的現象だと考えられていたからだ。

現代の祝由術

明の時代には祝由術はすでに民間の医術とみなされていた。では民間の祝由術は現代の中国にも生き残っているのだろうか?

実は巫医の存在は現代中国の社会問題と言ってもよいくらい大きな問題なのだ。農村部には必ずと言ってよいほど巫医がいる。

巫医と言っても実質は詐欺師のような人物も少なくない。霊的な話で患者を脅かして金銭を巻き上げる悪質な巫医が跋扈しているので問題視されているのだ。このような例は明の時代にはすでに指摘されている。

しかし全ての巫医が詐欺師であるとは限らない。もしそうであれば誰も巫医を信じないはずだ。治療効果を発揮する祝由術があるからこそ詐欺師が付け入る隙が生じるのだ。

現代中国に残る本物の祝由術とはどのようなものか具体的な例を見てみよう。

田舎の老婆

河北省の南東部に深州という街がある。宋の時代から高級食材である黄ニラの産地として有名な土地だ。

深州の市街地からバスを何度も乗り継いだ先にある片田舎にひとりの巫医がいた。もう老婆と言ってもよい年齢であった。気難しいが確かに有能であるとの評判が市街地の住民にまで届いていたという。

現在の中国には巫医を信用していない人も少なくない。特に市街地に住む中国人は巫医は迷信の一種だと考えている。

深州の市街地に住むZも巫医を疑っていたそうだ。

父親の病気

あるときZの父親が病気になった。食が細り排泄が困難になったのだ。病院での診断は腸炎だった。しかし何度点滴をしても病状は好転しなかった。

ほとんど食事をしないため父親の体力は日に日に衰えていった。このままでは死んでしまうのではないかと心配していた時にZは友人から巫医の話を聞いた。

あまり期待はしていなかったが何もしなよりはマシだと思い、Zは巫医に相談してみることにした。

バスを乗り継ぎ巫医の家に行くと、門の前には長蛇の列ができていた。付近には自家用車が何台も停車していた。車で来ている人もいるようだ。

見ていると治療を受けた人たちは5元を籠に入れて帰って行く。病院の診察料と比べてると驚くほど安い。

高額の治療費を要求されると覚悟していたZは安心すると同時に落胆した。すでに病院で5000元以上の治療費を払っている。それでも治らない病気が5元で治るはずがないからだ。

自分の番が回って来たので事情を説明しようとすると、老婆は「明日の朝一番で患者の服を持って来い」と言った。しかも「どうしてもっと早く来なかった?」と腹を立てているのだ。

Zは「つい最近まで知らなかったから」と言ったが、老婆は不機嫌な様子で「知ろうとしなかったからだ」と言ったそうだ。患者本人は来なくてよいのかと確認すると「それほどの問題ではない」と言った。

老婆の治療

何度も病院に通い大金を払っても治らなかった病気を老婆は大した問題ではないと言ってのけた。

素人の虚勢のようにも思われたが、老婆の様子があまりにも自信に満ちていたのでZは次の日の朝早く父親の服を持って再び老婆の家を訪れた。

老婆は米をひとつかみつかんで父親の服に投げかけてから、薬屋で開胸順気丸と和気滞胃痛衝剤という2種類の市販薬を買って飲ませるようにと言った。

街に戻ったZは言われたとおりに薬を買った。合計の値段は10元だったそうだ。

その薬を飲んだ父親はすぐに食欲を取り戻し、死を覚悟していたのが嘘のように健康を回復したそうだ。

現在の中国にも古代の巫医と同様に呪術と薬を併用する呪術師が存在するのだ。

Posted by 編集長 妙佛大爺

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