あの世の専門家「陰陽先生」

特殊な職業

中国には陰陽先生[yīn yáng xiān shēng]と呼ばれる人たちがいる。

中国語で「先生」は「~さん」という意味であるから、語感としては「陰陽さん」という感じである。

陰陽先生は通常は日本でいう「葬儀屋」をなりわいとしていることが多い。

死者の扱いには作法があり、冥界についての知識や、儀式の日取りには、古代中国から連綿と続く陰陽理論、五行学説、八卦などが関係する。

特にひと昔前までは、埋葬する土地の決定や日取りには、風水の知識が欠かせなかった。

そのような職業的な要請があるので、陰陽先生は陰陽理論、八卦理論、風水理論の専門家でもあるのだ。

これらの理論は占いの理論でもあるから、陰陽先生は占いの専門家でもある。

ただし実力のある陰陽先生は自分から占いの能力を売り込むことはないそうだ。自分の力量を言い立てて、多額の謝礼を取って売卜をするような手合いは、ほとんどが詐欺的な人だそうである。

陰陽先生は死者の行く末を占うのが本道だと言われている。陰陽先生は本来、死者が死後の世界で迷わぬようにするための知識と技能を備えた専門家だからである。

陰陽師と陰陽先生

陰陽先生は日本の陰陽師(おんみょうじ)と呼び方が似ているが、全くの別物である。

陰陽師は陰陽道(おんみょうどう)の専門家であるが、陰陽先生は道教から派生した冥界の司祭とでも言うべき存在なのである。

陰陽師が用いたといわれる数々の秘術は陰陽先生の道術とは無縁である。陰陽先生が用いる秘術は道教の奥義なのだ。

護符の一種

陰陽先生の作法は道教の影響下にあるが、陰陽先生は道教の出家修行者である道士とも違う。

世を捨てて修行に励むのではなく、世俗の真っ只中で、葬儀屋を営んでいるのだ。

秘術の伝承

簡単にいえば陰陽先生は「あの世」に関する専門家である。だから「あの世」に属する存在について、一般人にはない知識を持ち合わせている。

日本でいう心霊現象、霊障、呪い、祟りに関することは全て陰陽先生の領域なのだ。

西洋でいう悪魔祓い、日本でいう除霊も陰陽先生の仕事である。

護符の一種

陰陽先生はこのための法器をもっているし、そのための護符の作り方を知っている。また呪語や儀式の方法も心得ているのだ。

例えば三清鈴という鈴は人の耳には心地よい音を出すが、鬼神にとっては耐え難い音を出すと言われている。

袁枚(えんばい:1716年から1797年)の『子不語』には僵屍(キョンシー)が三清鈴の音を恐れる話が記録されている。

三清鈴

かつて安徽省のある村に空を飛ぶ僵屍、すなわち飛僵が現れたことがある。

飛僵は日が落ちると村にやってきて子供を喰らった。肝の据わった男が密かに跡をつけた結果、飛僵は昼間は山深い洞窟の中に潜み、夜になると出て来ることがわかった。しかしそれがわかっても、どうすることもできなかった。

当時、穎州(えいしゅう)の道観(道教寺院)に優れた道士がいたという。残念ながら名は伝わっていない。

村人たちは穎州まで出向き、その道士に飛僵の始末を依頼した。

すると道士は気軽に引き受けたという。

村を訪れた道士は洞窟の近くで夜になるのを待った。飛僵が出てきたところで村の若者に三清鈴を手渡し、洞窟の中に入って鳴らし続けるように言った。

三清鈴の音を聞いた飛僵は飛ぶ能力を失った。洞窟に逃げ帰ろうとしたが三清鈴の音がするので洞窟に近づくことができない。

村人たちに囲まれて逃げ場を失い、そのまま朝を迎えた。日の光を浴びた飛僵は一体の死体になってしまった。

その死体を火葬したところ二度と飛僵は現れくなったそうだ。

秘術の伝承

陰陽先生の秘術は先祖代々世襲されている。

そしてこの業界には男子承継の不文律があり、女性は関与できないことになっているのだ。

日本語では女性教師や女医にも「先生」を使うが、中国では先生は男性にしか使わない。中国語では女性教師は「老師」である。若くても女性でも「老師」を用いる。

陰陽先生が陰陽「先生」と呼ばれるのには、男子承継というルールの影響もあるのだろう。

陰陽先生は「あの世」の専門家であるから、中国の怪異談には陰陽先生が頻繁に登場する。陰陽先生は現代中国の「怖い話」を楽しむためには、必ず理解しておかなければならない存在なのである。