居場所を作る
妖怪が人を殺し、その人に成りすまして人間に交じって生活するという話がある。
例えば魚怪の話もそうであるし、次のような話もある。
ある村で兄弟が畑仕事をしていると父親が呼びに来た。
すぐに戻って来いと叫んだので、急いで家に帰ると父親が座っていた。
何かあったのかと訊くと、父親は不思議そうな顔をして「お前たちどうした?」と逆に訊かれた。
そこで事情を話すと「それは妖怪が化けたものであり、自分ではない、自分はずっとここにいた」と言うのだ。
そして「今度その化け物が出たら叩き殺せ」と命じたのである。
数日後、兄弟が畑仕事をしていると、また父親が呼びに来た。
兄弟は手にしていた農具で叩き殺し、畑の脇に埋めてしまった。
家に帰ると、父親が干し芋を食べていた。
兄弟が「また化け物が出たので今度は叩き殺した」というと、父親は「そうか」と言った。
それから数年が経ち、旅の道士が村に立ち寄った。
その道士は兄弟を密かに呼び出し、お前たちの父親は妖怪が姿を変えたものだと告げた。
兄弟は驚愕し、数年前の出来事を打ち明けた。
すると道士は一枚の呪符を描き兄弟に渡した。
これを寝ているあいだに貼れば正体を現すと言うのだ。そして道士は去って行った。
その晩、兄は寝ている父親の首に呪符を貼った。
すると父親の体が溶けるように崩れ、ぶよぶよの肉の塊に変わってしまったそうだ。
妖怪は人間界に自分の居場所を作るために誰かを殺す。自分で殺すことができない場合は、人間を欺いて殺させるのだ。
不気味な寓話
妖怪が死人と入れ替わる話は少なくない。このパターンの話は、実は「成りすまし」を意味する寓話であるという説がある。
例えば旅人を殺した犯人が旅人に成りすまして、遠方の知人の家に上がり込む。
昔は写真などなかったから、成りすましを見抜くことは困難であった。
現在の日本でもオレオレ詐欺が成立するのだ。言葉巧みに話をすれば、本人として処遇される。
逗留中に内情を探り、金品を持ち去る。
しばらくは成りすまされた人物が犯人であると誤解されたことだろう。
しかし本人の遺体が発見されれば、何者かが本人に成りすましていたことが発覚する。
しかし騙された人たちは、あれは間違いなく当人だったと考えるだろう。
オレオレ詐欺の被害者は、現金を振り込むときに警戒中の警察官から注意されても、騙されていると認めないそうだ。
それと同じように、あれは当人だったと思い込んでしまうのだ。
しかし当人はすでに死んでいた。
そうなると妖怪が化けたとでも考えるしかないのだ。
だから妖怪が人を殺し、その人に成りすますという話が生まれたと言うのである。
かつての中国に本当に妖怪が存在したと考えるよりも、こうした物語の背景には、殺人を詐欺を行う犯罪者がいたと考える方が合理的であろう。