第1の事件
2003年5月3日。遼寧省錦州市凌河区の路上をひとりの女性が自宅に向かって歩いていた。
この女性のイニシャルはTであるから、以後Tと呼ぶことにしよう。
時刻は午後8時。周囲は暗くなっていた。
Tは後ろから誰かにつけられている気配を感じていた。
しかし凌河区はそこそこの規模の街であるから、何かあれば大声を出せばすぐに人が集まってくる。
Tはあまり気にせずに歩き続け、結局、何事もなく帰宅した。
帰宅したTは10時ころにテレビを見ていた。ふと、窓から外を見ると、何者かの足がベランダに伸びてきた。
ベランダに降りて来た人影は、瞬く間に窓から屋内に侵入し、Tに襲い掛かった。
Tは全力で抵抗し、大声をあげた。もみ合いになりながらTはドアを開け、外に向かって叫び続けた。
すると侵入者はどこかへ逃走してしまった。
通報を受けた公安が駆けつけたが、犯人の手掛かりは得られなかった。
第2の事件
2003年5月18日、第1の事件からおよそ2週間後のことである。
やはり凌河区で第2の事件が発生した。
夜の11時過ぎ、集合住宅の6階に住むJはすでに就寝していた。
寝ていたJに思いがけないことが起きた。突然、何者かに口を押さえつけられたのだ。
目を覚ますと覆面をした何者かが部屋に侵入していた。
Jは激しく抵抗し、隣の部屋で寝ていた息子に助けを求めた。
息子が部屋にやって来て、3人はもみ合いになった。
このとき母子は犯人の覆面を剥そうとして覆面の一部を破っている。このときに残された覆面の一部が後に重要な役割を果たすことになった。
激しい抵抗を受けた侵入者は、現場に木の棍棒を残して逃走した。
これで住宅に侵入して女性を襲う事件が連続して2件発生したことになる。
どちらも未遂に終わっているが、事件はこのまま収束するどころか、公安も予想しなかった展開を見せることになる。
不気味な殺人事件
5月26日。第2の事件のおよそ1週間後。
やはり凌河区の住宅内でGという女性の遺体が発見された。
捜査を開始した公安は、この時点では単独の殺人事件と見ていた。
しかしその直後の5月31日、公安は事態の深刻さを思い知らされることになった。
凌河区の西隣である古塔区の住宅内で31歳の女性教師Lが殺害されたのだ。
遺体の首と陰部には鋭利な刃物で傷が付けられていた。
そして背中には刃物で漢字のようなものが刻まれていた。
死亡推定時刻は深夜1時。捜査の結果、犯人が部屋を出たのは3時ころと判明した。
犯行現場にはビール瓶4本と缶詰ふたつが残されていた。
犯人は被害者を殺害してから2時間ほど部屋に留まり、ビールを飲みながら遺体を傷つけていたのだ。
住宅に侵入して女性を襲うというパターン、住宅に侵入する方法などを総合して判断した結果、この事件は第1の事件から連続する同一人物の犯行であると断定された。