海外の詐欺集団と中国警察

中国のオレオレ詐欺

日本語のオレオレ詐欺に相当する中国語は「電信詐騙」である。そのまま訳せば「電信詐欺」だ。具体的に言えば電話や電子メールを使った詐欺全般を指すと考えてよい。

最近のオレオレ詐欺は電話の向こうで「オレだよオレ」などとは言わないらしい。銀行員であるとか弁護士であるとか警察であるとか名乗る様々な役者が連携して被害者を騙すのである。

中国の電信詐欺もそれと同じように多数の役者が被害者を騙す。そのときに用いるセリフは様々であるが、電話を使って騙すという点は共通している。

中国の犯罪統計によると電信詐欺は増加傾向にある。電話一本で騙されるのは日本人だけではないのだ。

様々な手口

電話一本で大金を詐取するには人間心理を知り尽くし利用しなければならない。

通常、詐欺師は人間の「欲」を利用して金品を奪う。金融商品や投資話を利用する詐欺はこのタイプの手法だ。

しかし短時間で人間を動かすためには「欲」はあまり機能しない。電話を使ってその日のうちに人間を操るには「恐怖心」を利用するのが手っ取り早いようだ。

早く入金しないと大変なことになる。

相手がそのように思い込むストーリーを作り出すことが電信詐欺の共通のパターンなのである。

例えば一時期「安全帳号」という言葉がよく使われていた。これは日本語にすれば「安全口座」という意味になる。

ある日突然「あなたの銀行口座の情報がハッカーに盗まれた可能性があるので、すぐに安全口座に預金を移動してください」というショートメールが来るのだ。私の携帯にも来たことがある。

多くの人は安易に預金を移動させたりしないだろうが、このメールを何万人という相手に送信すれば数人くらいは指定された口座に預金を移してしまうかもしれない。

これは「安全口座」に預金を移さないと預金が全て奪われるかもしれないという恐怖心を利用した初歩的な詐欺である。

中国では銀行口座は容易に開設できる。犯罪用の口座を開いて大量にショートメールを送信するくらいのことは「ダメモト」でやる人間が多数存在するのだ。

ただしこの手のメールは一時期頻繁に届いていていたから今どきの中国には信じる人はまずいないだろう。現在の中国はショートメールを送信するだけで騙せるほどのゆるい環境ではない。

本格的な電信詐欺の一例

言うまでもなく最近の電信詐欺は手が込んでいる。一例として実際に摘発された電信詐欺の手法を紹介しよう。

まずインターネットショッピングサイトの顧客情報をもとに、顧客サービス担当者を装った人物がショッピングサイトの顧客に電話をかける。

その際、あなたをビジネス用の顧客リストに誤って登録してしまったので、手続きをしないと毎月500元の手数料が銀行から引き落とされてしまうと告げるのである。

そして銀行からの引き落としを止めるには銀行側での手続きが必要なので電話を通じて銀行での手続きをしてほしいと依頼する。このときに「早く手続きをしないと間もなく引き落としが実行される」と付け加えて慌てさせるのだ。

犯人は顧客情報に基づいて電話をかけている。被害者はショッピングサイトの名前を出されると信用する可能性が高い。全くの部外者が自分がショッピングサイトの会員であることを知っているはずがないという思い込みの裏をかくわけである。

顧客サービス担当役からの電話が終わると、今度は銀行員役の人間から電話がかかってくる。

その人物は携帯電話からの指示で銀行の資金を移動できる仕組みを利用して、顧客の資金を自分たちの口座に移動するように誘導するのだ。「今から申し上げるとおりに操作してください」と言われて、操作が終わったときには全財産が犯人の口座に移っている。

第三者の目から見ると、月にたった500元の引き落としを避けるために全財産を移動してしまうようなことがありうるのかと不思議に思われるが、犯人たちはこの手口で巨額の金銭を詐取していたのだ。

国外拠点

中国では携帯電話を匿名で入手することはたやすい。しかし中国警察はその状況に適応した高い捜査技術を確立しているようだ。

たとえ匿名の携帯を使ったとしても高確率で発信者が特定されるのだ。

しかし警察の能力が高まると今度は犯罪集団のほうがその状況に適応してしまう。

最近の中国の電信詐欺は中国国内ではなく国外から電話をかけてくるのだ。上記の事件でも犯罪組織はインドネシアから電話をかけていた。国境の壁を利用して摘発を免れる魂胆なのだ。

通常、犯人が国外にいる場合には事件の解決は難しい。しかし国外から電話をかける手口は数年前からすでに使われており、中国の警察当局は国外の警察と協力関係を築いている。

インドネシアから電信詐欺を行っていた中国人犯罪集団は、中国警察と連携したインドネシア当局に逮捕され、中国に送還されたのである。

中国警察はインドネシアだけではなくフィリピンやカンボジアの警察とも協力関係を築いているという。中国から手軽に移動できる近隣諸国は犯罪者にとってもはや安全な国ではなくなっているようだ。

中国警察の知られざる能力

犯罪捜査についての国際協力の内容は秘密のベールに包まれている。表向きには両国の主権を毀損しないように中国の捜査機関が他国で活動することはないとされている。

しかし欧米的な主権概念がナマの現場でアジア的な変容を遂げている可能性は強い。国境を跨いだら中国の警察は何もできないという思い込みは常識に縛られた甘い考えなのかもしれない。

電信詐欺の犯人が中国に送還されたり、中国から東南アジアに逃げた重大事件の犯人がなぜか中国に送還されるのには、表からは見えない諸事情があると考えるべきであろう。

なぜなら彼らは身柄を拘束された国に被害を与えた犯罪者ではないからだ。犯人を送還した国は自国のためではなく中国のために犯人を拘束し送還するというメンドウな仕事を引き受けたことになる。

中国の周辺国はすでに中国に対してこのような態度を取っているのだ。

そうだとすると中国にとっての犯罪者であっても、自国にとっての犯罪者でなければ完璧に人権を保護するという国が電信詐欺の拠点になる可能性が高い。

電話は世界のどこからでもかけられる。今後は中国に近い国ではなく中国政府の影響が及ばない遠く離れた国を拠点にした電信詐欺が横行する可能性が高い。