関羽像
これは北京の警察署に勤務していた刑事が実際に経験した事件である。
1994年のことである。路上に人が倒れているという通報を受けた刑事は先輩の刑事2人で現場に赴いた。
現場に到着すると確かに1人の男性が大量の血を流して倒れていた。
そこはオープンしたばかりのカラオケ店の入り口の前だった。
カラオケ店の入り口には財神(商売の神様)として崇められている関羽像が設置されていた。その関羽像は手に剣を携えていた。
男性はその剣に首を貫かれて死んでいたのだ。実に奇妙な死にざまである。
現場の状況から判断すると、死亡した男性が店の入り口に敷かれた大理石に足を滑らせて関羽像に倒れかかり、運悪く首に関羽像の剣が突き刺さったと考えるしかなかった。
結局この一件は不幸な事故として処理されたそうだ。
謎の失踪
刑事は念のためカラオケ店のオーナーから事情聴取を行った。
男性の首を貫いた関羽像の来歴を訊ねると、店のオーナーは関羽像は友人から贈られたもので、昨晩届いたばかりの品だと証言した。
刑事は店のオーナーから聞き取った証言の裏をとるために、関羽像を贈ったという友人に連絡をとろうとした。
しかし何度電話をかけても応答はなかった。
不審に思った刑事は交友関係を調査して関羽像を贈った人物の行方を訊ねるた。するとその人物は3日前から失踪していることが判明したのだ。
刑事はカラオケ店のオーナーにさらに詳しく事情を訊ねた。すると気になる事実が明らかになった。
関羽像を贈った友人は銅製品を扱う店を経営している人物で、カラオケ店のオーナーとは経営者仲間であった。数日前も顔を合わせていたが、そのときに友人は自家用車を買う予定だと話していたというのだ。
当時の中国で自家用車を購入するといえば、庶民感覚からすれば莫大な金銭が必要になる。
それだけの金銭を用意していた人物が失踪したとなると、何らかの事件に巻き込まれたことを想定せざるを得ない。
刑事は失踪した人物の調査を開始した。調査を開始してから間もなく、その人物に愛人がいることが判明した。
関係者への聞き込みの結果、刑事は失踪した人物の財産は愛人宅に保管されていると確信した。
刑事が愛人宅を訪問して自家用車購入資金についての質問をしたところ、確かにその購入資金は愛人宅に預けられていたことが明らかになった。しかしその購入資金はすでに消失していたのだ。
下水溝の人頭
さらに数日後のことである。
天安門の南に位置する西羅園[xī luó yuán]と呼ばれる住宅地の下水溝で切断された男性の頭部が発見された。
遺棄されてからかなりの時間が経っているらしく、その頭部はすでに生前の面影を推測することすらできないほど腐乱していた。
ただし肉質が腐乱しても歯は腐らない。歯形を照合することで人物を特定できる可能性が残されているのだ。
照合の結果、意外な事実が判明した。
切断された男性の頭部は刑事が探していた銅製品店の経営者のものであることが判明したのだ。つまりカラオケ店に関羽像を贈った人物である。
自家用車の購入資金が消え、その金銭の所有者が殺害された。被害者の事情をよく知る者による金銭目当ての殺人事件の可能性が濃厚になった。
金銭を保管していた愛人が何らかの事情を知っているに違いない。
そう考えた刑事は再び愛人を厳しく尋問した。すると愛人は事件の全貌を自白したのである。
事件の経過
殺された銅製品店の経営者は、あるセメント業者とともに公共事業に参入して利益を得ていた。この利益の中から自家用車を購入するための資金を捻出し、愛人の家に預けていたのである。
ところがこの事情を知ったセメント業者は愛人に対して銅製品店の経営者を殺害して金銭を奪い、一緒に黒龍江省に逃げようともちかけたのである。
愛人は以前からセメント業者に好意を抱いていたため、躊躇なくセメント業者の誘いに乗った。
ふたりは愛人宅での殺害を計画し、セメント業者は愛人宅の合鍵を入手した。
その数日後、銅製品店の経営者は愛人宅で酒を飲み酔って眠りについた。連絡を受けたセメント業者は、合鍵を使って愛人の部屋に侵入し、銅製品店の経営者を殺害したのだ。
セメント業者は斧で死体の首を切り落とした。なぜ犯人が頭部だけを別の場所に遺棄したのか、はっきりとした動機は明らかにされていない。
将来死体が発見されたときに歯形から身元が判明することを避けるために頭部を切断して下水溝に遺棄したのかもしれない。
そうだとすれば犯人の企ては完全に裏目に出たことになる。
死体の胴体は愛人の自供に基づいて、裏庭の木の根元深くから発見された。頭部を胴体と一緒に埋めていれば事件は発覚しなかった可能性が高い。
因果応報
刑事は愛人に犯人の行方を尋ねた。ところが愛人は犯人の行方を知らないと言うのだ。しばらく前から連絡が取れなくなっていたのだ。
奪った金銭を独り占めするために愛人を裏切って逃亡したのだろうか?
その可能性は十分にありうる。犯人はすでに遠方に逃亡しているに違いないのだ。
ところが数日後に刑事は意外な事実を知ることになったのだ。
カラオケ店の前で関羽像の剣にのどを貫かれて死亡した男こそが銅製品店の経営者を殺害したセメント業者だったのだ。
つまり犯人は自分が殺害した被害者がカラオケ店に贈った関羽像によって命を落としたのである。
このような偶然がありうるのだろうか?
この事件を担当した刑事は因果応報は真実であり、この世には科学では説明しきれない現象が存在すると述懐している。