遺体が起き上がる”屍変”という怪奇現象

死体の起き上がり

人は死の直後に生と死の中間である「中陰身」という状態になるそうだ。この状態の死体には活力があり「起き上がり」現象を起こすことがある。

実際に中国では死体が起き上がり人を襲ったという話が数多く語られてきた。中国では死体が起き上がる現象を一般的に屍変という。

屍変には様々な種類がある。

例えば蒲松齢(ほしょうれい:1640年から1715年)の『聊斎志異』には何の前触れもなく起き上がった屍変の例が記録されている。

しかし通常は何らかのきっかけによって死体が起き上がるという話が多い。地域によっては死体が起き上がるきっかけとなるような行為が禁忌とされていることもある。

屍変のきっかけ

死体は雷によって起き上がることがあると言われている。土葬した死体が起き上がるのは雷が原因だというのだ。

もっと分析的に言うと雷の音や雷の霊力ではなく、電気の作用により死体が起き上がると考えられている。だから高圧線の事故のように雷以外の電気刺激がきっかけになって死体が起き上がることもあるとされている。

電気刺激の他に多いのは動物の影響である。

例えば猫が死体の心臓の上を通ると死体が起き上がると言われている。特に月が出ていない夜にこの現象が起きやすいようだ。中国には猫による屍変の話は非常に多い。

猫に限らず犬などの動物にも屍変を誘発する能力があるようだ。このため死者に動物が近づくことを禁忌と考える人は多い。

屍変の種類

屍変には18もの種類があると言われている。その中には我々の常識からすれば完全に生きている人間を屍変と考える例もある。

例えば中国の医学書には「行屍」という言葉が現れる。これは見た目は生きていても脈が死んでいる人を指す言葉だ。

つまり中国医学には生きている人の脈と死者の脈の区別があり、死者の脈が出ている場合には、それはもう生きている人間ではないと考えるのである。

血屍

血屍は一見すると人間と同じように見える。生きている人間に交じって生活することもできると考えられている。ただし子を産むことはできない。

血屍は月に一度九竅(きゅうきょう:目、鼻、耳、口、肛門、性器)から大量に血を流す。失われた血を補うために人間から吸血すると言われている。

蔭屍

蔭屍は養屍とも呼ばれる。蔭屍にはさらに干屍と湿屍の2種類がある。干屍は干からびたミイラであり、湿屍は潤いを保ったミイラである。

蔭屍は死後も体の一部に生命現象が残るのが特徴だ。例えば死体の爪や髪の毛が伸び続けたり、胎児が成長を続けたりするという。蔭屍は太陽や月などの天体のエネルギーを吸収することにより生命現象を維持していると考えられている。

蔭屍は特に自分自身の家族を襲って食べるという情報もある。

肉屍

肉屍は「生きている死体」とも呼ばれる。人に危害を加えることはほとんどなく、生きている人間と同じように見えるそうだ。

人間と同じ食事を食べるとも言われている。ただし多くの場合に意識を持たないらしい。

皮屍

皮屍は蔭屍に似ている。死後も爪や髪の毛が伸び続けるのだ。夜間に動き回ることもあるという。

特徴は内臓がない点である。皮膚だけが生命力を維持していて、永遠に腐らないそうだ。

玉屍

玉屍も爪や髪の毛が伸び続ける。肌の色は緑色をしている。飲食はしない。日光を避けるのも特徴のひとつだ。

詐屍

人は死亡するときに肺の中にひと口分の気を残すと言われている。この気の活力により死体が短時間だけ動くことを詐屍という。

肺に残った気の活力が働くにはきっかけが必要である。それは一般に動物の力であると言われている。猫が死体を跨ぐと屍変が起こると言われているのは、多くの場合に詐屍についての話だ。

詐屍は起き上がってから人を襲って暴れるが、気を使い果たすと完全に死亡する。

汗屍

汗屍は呪術によって人為的に作られる屍変である。汗屍の外見は仮死状態の人と非常によく似ている。太った人の死体が汗屍になりやすいと言われている。呪術師があえて太った人の死体を選ぶからかもしれない。

汗屍の肉のひだの中には青い汗が溜まる。この汗を「汗青」という。汗青は非常に不思議な霊力をもつ薬として使われる。手足の切断面に汗青を塗ると手や足が再生するのだ。

この薬を採取するのが呪術師の目的のひとつなのである。

争屍

争屍も呪術師に操られる屍変である。戦闘のために使役されたと言われている。

毛屍

毛屍は珍しい屍変である。地中から急速に人毛が伸びてきたら、それは毛屍から伸びた毛である可能性が高い。

毛屍は言葉を話し、歩くこともできる。歩くときは後ろ向きに歩くそうだ。またコオロギのオスを好んで食べるという。毛屍には内臓がないのでコオロギが腹の中に溜まる。毛屍が言葉を話すと言われているのは腹の中のコオロギの声だという説もある。

走屍

走屍は湘西地方(湖南省西部)の呪術による屍変である。遠方で死んだ人の死体を故郷の墓に運ぶために死体を起き上がらせるのだ。この呪術は湘西の3大怪奇現象のひとつに数えられている。

木屍

かつての中国では遠方で死亡した家族の死体を引き取るときに頭部だけを持ち帰ることがあったという。これは貧しさゆえに体全体を運送することができない人たちの習慣であった。

持ち帰った頭部に木で作った体を与えて埋葬すると木と融合した屍変が起き上がることがあった。これを木屍と呼ぶのである。

醒屍

醒屍の見た目は正常人と変わらないという。ただし昼間と夜間の姿は全く違うという。肺活量が生きている人間の10分の1程度しかなく、夜も眠らないのが特徴である。

甲屍

甲屍は生前に武術を極めた武人の死体の屍変である。甲屍の体はまるで鎧を身に着けているかのように刃物を跳ね返すという。銃弾ですら甲屍の体を貫くことはできないと言われている。

石屍

自分自身の意思で屍変を起こすことができると言われている。それが石屍である。

死が迫ったときに特別な薬を飲んで座禅を始める。そして経絡の中の流れを止めて自ら死に向かうのだ。こうすることによって肉体に魂が閉じ込められる。

結果的に座禅の形のまま死亡することになる。外部からは何の反応もない死体にしか見えないが、石屍には意識があるという。この状態を石化期と呼ぶことがあるそうだ。

石化期は10年続く。10年経つと石屍の目から血が流れ出し、生き返ることができる。その後数十年の寿命が保証されるという。

石化期には体を動かすことができない。だから一切の外力に抵抗はできない。動物に見つかれば食われるのは必至である。

そこで10年間絶対に安全と思われる洞窟の奥などで石屍になるそうだ。この方法を中陰禅と呼ぶこともある。

菜屍

屍変のエサになる屍変がいるという。目が黒く肉が垂れ下がった弱々しい屍変だ。このような屍変を菜屍という。

中国語の「菜」は野菜に限らず「食用になる」ものに使われることがある。例えば人肉食の対象となる人間は菜人と呼ばれていた。