蒲松齢が記録した恐るべき屍変の実例

科挙受験生蒲松齢

清の時代の山東省に蒲松齢(ほしょうれい:1640年から1715年)という人がいた。

蒲松齢は早熟の天才であった。科挙の前段階の試験には首席で合格して秀才(科挙受験資格のひとつ)になっている。しかし肝心の科挙には40年ものあいだ落第を続け、生涯を通じて貧困生活を続けた人物である。

蒲松齢は受験の合間にいくつかの著書を残している。その中の『聊齋志異』は日本でも高く評価されている短編集である。

『聊齋志異』には蒲松齢が多くの人たちから自分自身の耳で聞き取った奇怪な話が記されている。その中に山東省北部の陽信県で発生した屍変についての話がある。屍変は死体の起き上がり現象を意味する。

陽信県の屍変

陽信県の県城から6里ほど離れたところで親子が宿屋を営んでいた。

ある日の夕暮れ時に4人の客がやって来た。しかしその日は客が多く部屋は全て埋まっていた。

客が「何とかならないか?」と懇願するので主人は思案を始めた。そして「泊まれる部屋が無くはないが、あなたたちはきっと嫌がるでしょう」と言った。

客たちは「どんな所でも泊まれればそれでいい」というので、宿の主人は説明を始めた。

実は主人の息子の嫁がつい先日亡くなり、その遺体を自宅の部屋に安置しているというのだ。息子は棺桶を買いに出かけたので、遺体を安置している部屋には4人が寝るだけの余地があるという。

4人の客は野宿よりはましと判断して主人の自宅に泊まることにした。

起き上がった遺体

部屋に入ると暗い明かりが灯されていた。部屋の奥には遺体が横たわっていて、その上には大きな紙が被されていた。

4人はすぐに着替えて横になった。あまりにも疲れていたので3人はすぐに眠りに落ちた。しかし1人だけはなぜか寝付けなかった。

気が付くと遺体のほうからカサカサと音が聞こえてきた。音のほうを見ると女の遺体が起き上がっていた。息を殺して見ていると遺体が近づいてきた。

女は寝ている仲間の顔に3回ずつ息を吹きかけた。自分のところにも来ることがわかったので静かに布団を被って目を閉じた。

隣で寝ている男に息を吹きかける気配がした後で、思った通り女は同じように息を吹きかけて来た。男は息を止めて女の息を吸わないようにした。

しばらくすると女がもとの場所に戻って紙の覆いを被る気配がした。静かに目を開けて遺体のほうを見ると、最初に見た通りの状態に戻っていた。

男はあまりにも不気味なのでこの場から逃げ出そうと考えた。隣の男にも知らせようと思い、足で隣の男を蹴って合図を送ったが、熟睡しているせいか全く反応はなかった。

自分ひとりだけでも逃げようと決心し、服を着替えようとするとまたカサカサと音が聞こえて来た。男は慌てて布団に潜り込んで息を殺した。

すると女の遺体が近づいてきて今度は自分だけに何度も息を吹きかけてから元の場所に戻って行った。

男は音を立てないように気をつけながら布団の中で着替えを済ませた。いよいよ逃げ出そうとするとまたカサカサと音が聞こえて来た。

逃走

男は靴も履かずに逃げ出した。すると女の遺体が起き上がり、ものすごい速さで追いかけて来た。

男は大きな声で助けを求めたが、深夜の郊外には誰の姿もなかった。仕方なく走り続けていると寺が見えて来た。男は寺の門を叩いて助けを求めた。

中の道士はこの音に気がついたが、深夜に門を開けるのは不用心と考えて相手にしなかった。男が門の外で立ち往生しているうちに女の遺体が追い付いた。

門の前に大きな木があったので男はその後ろに逃げた。女が追いかけてくると木の周りを回って逃げた。ふたりは木の周りを何周も回った。女が足を止めたのでふたりは木を挟んで向き合うことになった。

急に女が木を抱きかかえるように手を伸ばし、男に爪を立てようとした。驚いて尻餅をついた男が見上げると、女は木を抱きかかえる姿勢のまま動かなくなっていた。

夜明け

寺の中から外の音に聞き耳を立てていた道士は、音がしなくなったので門を開けた。すると男が地面に倒れていたので寺の中に運んで手当をした。

目を覚ました男から事情を聞き終わったころにちょうど日が出て来た。道士が外に出て確認すると、確かに女の遺体が木を抱きかかえる姿勢のまま直立していた。

あまりにも不気味なので道士はすぐに県の役人を呼んだ。

前代未聞の話であったから県の長官自らが現れ、衆人環視の下で検分が行われた。

驚くべきことに女の指は木の幹に深々とめり込んでいた。数人で力を合わせてようやく引き抜くと、女の爪は金属のように固く鋭かったという。

男の証言に間違いはないと見た長官はすぐに宿の主人の自宅を調べさせた。すると確かに女の死体は消失していた。同じ部屋に寝ていた3人の男は全員死亡していたという。

女が吹きかけた息には、やはり命を奪う作用があったのだ。

生き残った男が県官に「自分だけが帰郷したら死んだ3人の親族から自分が殺したと疑われる」と訴えたところ、県官は事情を説明する証明書を作成して男に渡したそうだ。

付記

蒲松齢は人々から聞き取った話を記録したと言われている。

実は死体が起き上がって人を襲う話は中国では珍しくない。死体が起き上がる現象には様々なタイプがあるが総称して屍変と呼ばれることが多い。

多くの場合には何らかのきっかけによって屍変が起きると言われている。。

しかしここで紹介した蒲松齢の話の中には女の死体が起き上がるきっかけになるようなエピソードが記されていない。何の前触れもなく屍変が発生することもあるのだ。

不意を突かれるだけに、そのほうがより恐ろしいと言うべきだろう。

Posted by 編集長 妙佛大爺

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