死者から搾り取るアブラ「屍油」とその用途

屍油とは何か?

中国では屍油に関する不気味な話が数多く語られている。

日本では屍油という言葉自体が使われていないので、それが一体どのようなものか、お分かりにならないだろう。

屍油とは死体から流れ出た人間の脂である。特に妊婦の死体から採取する屍油が上質だという説もある。

屍油をどのように採取するかについては諸説ある。

「高度腐乱」した遺体から自然に流れ出た脂を集めるという説もあれば、死体に切れ目を入れたうえで蝋燭の火で炙り、滴る脂を集めるという説もある。

最近の中国では火葬場で遺体を焼くときに遺体から大量の屍油が流出すると信じている人も多い。その屍油は適切に焼却処理しない限り焼却場の底に残ると言われている。

一部の火葬場には屍油が貯蔵されており、人知れず取引の対象となっているというのだ。

屍油の用途

屍油は何のために取引きされているのか?

屍油の用途はひとつだけではないと言われている。様々な用途のうちで最も不気味なのは食品への混入である。

中国では屍油を用いた食品の噂が絶えない。このような噂の中で最も古い話はおそらく屍油月餅(しようげっぺい)の話であろう。それは次のような話だ。

まだ物資の乏しいころ。場所は定かではないが腕のよい菓子職人がいたという。その菓子職人にはひとり娘がいたが男子がいなかった。

当時の中国では女子が家業を継ぐという観念が乏しかった。菓子職人は跡継ぎを確保するために幼い男児を養子にした。このようなことは昔はよくあったようだ。

菓子職人はその男子に菓子作りの技術を仕込んだ。男子は呑み込みが早く、父の技術を吸収して腕の良い職人に育った。

時が経ち養子の男子と菓子職人の娘は成人になった。

ある日、菓子職人は娘が妊娠しているのに気がついた。当時、結婚前の女性は男性と交際することは珍しかった。相手は養子の男子であることは明らかであった。

当時「未婚先孕」は重大犯罪に近い醜聞であった。

何よりもメンツを重んじる中国社会では、家庭内で発生したこのような問題は家長が始末をつけるべきであると考えられていた。「始末」とは死の制裁を意味する。

客商売の商人にとって社会の評判は命よりも重要だ。菓子職人には選択の余地はなかった。中華包丁を用意した菓子職人は養子を呼び出した。

包丁を打ち下ろした瞬間、養子は身をかわした。必死で逃げようとする養子と包丁を振り回す菓子職人がもみ合いになった。初老の職人と血気盛んな若者の接近戦。

養子の男が我に返ったとき、血まみれの菓子職人が床に倒れていた。菓子職人のほうが逆に殺されてしまったのだ。

事件はこれだけでは終わらなかった。

大きな物音を聞いて不審に思った菓子職人の娘が駆けつけて来た結果、この現場を目撃してしまったのだ。

立ちすくむ娘と養子の目が合った。

動揺していた養子の男はその場で娘も殺害してしまったのである。このことによって娘の体内に宿った自分の子の命も奪ってしまったのだ。

まともな生活をしている2人の人間が突然姿を消せば世間の注目を集めるのは時間の問題である。そうなれば殺害の事実が発覚するのも避けられない。

養子は香港に逃亡して新たな生活を始めようと決心した。しかし香港に移住するにはそれなりの資金が必要だ。菓子職人の家にはそれほどの蓄えはなかった。

屍油月餅

男は殺害した死体をストーブの傍らに吊り下げた。

しばらくすると死体から屍油が垂れて来た。大きな桶3つ分の屍油が溜まると男はその油を使って月餅を作り始めた。

当時は油は貴重品であった。そのような時代にたっぷり屍油を混ぜて作った月餅は妖しいほどに照り輝いて見えたという。

魅力的だったのは見かけだけではなかった。極めて不気味な話ではあるが、屍油で作った月餅は非常に美味だったという。屍油月餅はきれいに売り切れた。

男は月餅で稼いだ資金を使って香港に移住したそうだ。

後に香港で大成功をおさめた男は殺した3人(胎児を含めて)の供養を依頼した。菓子職人が住んでいた家の裏を掘ると腐らずにミイラ化した死体が現れたそうである。

屍油伝説

屍油月餅は古い時代の話であるが、現代の中国でもさまざまな食品に屍油が使われているという噂が流れている。

例えば河北省邯鄲市の食品メーカーが菓子を作るために屍油を使用しているという噂が流れたことがある。この噂によりメーカーには大損害が生じた。

後の報道によるとこの噂はもともとは軽い悪戯に類するデマ情報だったという。

その報道によると噂の出所は何者かが張り出した張り紙だった。メーカーの地元で複数の学校の付近に食品メーカーを告発する張り紙が張り出されたのだ。その張り紙には食品メーカーが屍油を仕入れていると書かれていた。

本来なら地元だけで話題になるような「いやがらせ」行為に過ぎないのだが、この告発文がインターネットを通じて拡散したため、そのメーカーの売り上げに大きなダメージを与えたのである。

そのメーカーは日本円に換算しておよそ300万円の懸賞金をかけて事件の首謀者を探している。

ここで重要なのはデマ情報の影響力だ。もし日本で同じことが起きてもメーカーの売り上げにはほとんど影響はないだろう。

死体から採取された脂が流通していると聞いた時点で誰もその話を信用しないからだ。

しかし中国では多くの人が影響を受けた。つまり中国では多数の人たちが屍油の存在に不気味なリアリティーを感じているのだ。

屍油の不気味な存在感

中国では屍油は養鬼あるいは造鬼と呼ばれる呪術の要素として非常に有名である。

養鬼とは呪いや願いを叶えるための呪物である。この呪物には人体の一部が使われるのが特徴だ。

古くは死亡した妊婦の腹の中から胎児を取り出して祀る方法もあったと言われている。

この古い方法が現在でも使われているとの情報も少なくない。特に中国の南方でこの手の情報が多い。

しかし現代社会で胎児を使う呪術は尋常なものではない。一般人が手軽に手出しできるような手段ではないのだ。

これと比べると屍油を使う養鬼は手軽なのである。

木や金属で作られた呪物をガラスの瓶に入れ、これに屍油を満たしたものを油鬼仔(ようきし)という。この油鬼仔を祀ることで呪いを成就させ、願望を叶えることができるとされているのだ。

現在の中国では油鬼仔はタイで作られていると信じている人が多い。油鬼仔を入手するためにタイに行く人も少なくない。芸能人が油鬼仔を購入したとして話題になることもあるくらいだ。

このように中国では屍油の存在が疑いなく受け入れられている。

中国政府は火葬場に屍油が貯蔵されているという話は誤情報であると宣伝しているが、密かに集められた屍油が人知れず流通しているというイメージを払拭することは困難だろう。