25年前の受験
1993年のことである。王宏偉(王宏伟)という男性は大学受験の結果を見て落胆していた。
点数は387点、足切りラインの390点にわずかに届かなかったのである。
不合格になったと思い込んだ王宏偉は、次の受験に全力を注いだ。そして翌年には河北理工大学軽工学院に入学を果たしたのだ。
ところがその後になって王宏偉は意外な事実を知ることになる。
実は去年の足切りラインは5点低く修正されていたのだ。
本来なら合格していたのだが、誰もそのことを伝えなかったので、王宏偉は無駄に1年浪人していたのである。
しかしさらに驚くべきことが起きていた。
同姓同名の女性
友人からの連絡によれば、王宏偉と同姓同名の女性が地元の石家庄大名県にいて、その女性は去年医科大学に入学しているというのだ。
当時、受験生の成績は受験生の氏名とともに発表されていたようだ。
だから王宏偉は地元に自分と同姓同名の女性がいるはずはないと考えた。もし同姓同名の女性がいたのなら、去年の成績を見たときに気づいているはずだからだ。
不思議に思って王宏偉女史の情報を集めてみると、実は王宏偉女史はもともとは許新霞という名の女性であることが判明した。
しかも大学入学の直前に住所を移していたことも判明した。
成りすまし
王宏偉が合格しているのに入学手続きをしていない。
このことに気がついた許新霞という女性が、氏名と住所を変えて王宏偉に成りすまし、医科大学に入学していたのである。
もちろん許新霞ひとりの力でできることではない。
後の事情から推測すると、許新霞の一家は共産党の幹部であり、相当な有力者であったようだ。
しかしその後この件は長いあいだ放置されることになる。
王宏偉は卒業後に就職し、その後事業を立ち上げたようだ。
しかし南方への投資に失敗して多額の借金を負うことになった。
現在の王宏偉は広東省の東莞(とうかん)でバイトをしている。
その王宏偉が、いまだに王宏偉を名乗っている許新霞が順調に出世し、大名県病院の主任医師になっていることを知ったのだ。
中国で主任医師と言えば日本の病院で言えば部長クラスであり、それと同時に共産党の幹部でもあるのだ。
自分自身はバイトで食いつなぐ毎日。それに引き換え、自分に成りすまして大学に入学した許新霞は、政治的にも経済的にも成功していたのだ。
大暴露
2018年5月、王宏偉は実名で大名県病院の主任医師「王宏偉女史」の秘密を暴露した。
出身地の住民の証言などから、王宏偉女史が実は許新霞であることは明らかである。
しかも1995年(成りすましの2年後)には許新霞の家族が成りすましを認め、1万元を提供していた事実も明らかにされた。その際に共産党の幹部数人も謝罪に訪れていたようだ。
当時の1万元は現在の20万元(日本円でおよそ300万円)の価値があったそうだ。中国では大金である。
恐らく許新霞の側では、そのことでケリをつけたつもりだったのだろう。
しかしこの時に交渉したのは王宏偉の父であり、王宏偉自身は納得していなかったようだ。
そのため王宏偉は2018年になって25年前の秘密を暴露したのである。
現在、大名県病院の「王宏偉女史」は雲隠れしているようである。
また、共産党の調査チームも組織されたようである。
どうやら成りすまし事件に関与した人物はかなりの人数になるようだ。
多くの共産党幹部を巻き込まなければ、他人に成りすまして大学に入学することなどできるはずがない。
ただし当時の幹部はすでに引退し、老衰で死亡している人もいるという。
当時の資料もすでに失われているが、ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、「王宏偉女史」は処分されることになるだろう。
25年前の不正により、医師の資格も学歴も剥奪されるのか、それとも時効的な理屈によって救済されるのか、成り行きが注目される。
なお情報を暴露した後に仲介者を通じて王宏偉に「示談交渉」的なアプローチがあり、かなりの好条件が提示されたようだが、王宏偉は応じる意思がないようだ。
こうした対応は中国では珍しい。
「カネの問題ではない」は、多くの中国人が首をかしげる日本的な態度である。中国では一般的に言えば、全てがカネの問題だからだ。
中国の常識に反する「意地を通す」対応の結果、王宏偉は大金を手にしてバイト生活から抜け出す道を自ら切り捨てた。
そこまでして「公道」を求める王宏偉には共感できない人も多いようである。