死者を送る天葬という風習
チベット文化圏には今でも天葬という風習がある。
天葬は鳥葬とも呼ばれる葬礼である。
天葬の実態を知らない多くの人は、天葬は遺体を一定の場所に安置しておき、鳥たちがやってきて遺体を食べ、骨になるのを待つというイメージをもっているだろう。
しかし実際には鳥たちが遺体を食べやすいように遺体を解体する作業が行われているのだ。
この作業に従事する人たちを天葬師(てんそうし)という。
遺体の解体
天葬は寺院の付近などの決まった土地「天葬台」で行われる。
中国語の資料には地域や階層などによって、儀式の内容は異なると記されている。
また遺体解体の方法にも一定の決まりはないようだ。
天葬の画像資料はネット上にも少なくない。そうした資料を見ると、
遺体に切れ込みを入れる場合
遺体の皮を剥ぐ場合
骨をハンマーで砕いて骨髄までも露出させるケース
など、天葬師によって流儀は様々である。
日本の文字資料にも、中国の文字資料にも、遺体を切り分けると書いてある場合があるが、映像資料によると、そこまで細かく切り分ける例はむしろ少数のようだ。
遺体の肉にツァンパ(ハダカムギの粉、チベットの主食)をまぶすと書いてある資料もある。
確かに遺体の骨をハンマーで砕き、その上にツァンパの粉をかけている映像も残されているが、これも絶対ではない。実際にはツァンパを使わないケースもあるようだ。
また全てを自然に帰す流儀もあれば、頭蓋骨だけは保存する場合もある。その頭蓋骨は家族に引き取られることもあれば、一定の場所に集めて安置される場合もある。
どのような人が天葬師になるのか
天葬師には3タイプある
僧侶
専業
兼業
人口が多い地区では専業の天葬師が多い。小さな村ではほとんどが兼業だそうだ。
チベット文化圏では、彼らの職業は特別視されているそうだ。
一方では神聖な人たちとみなされているが、彼らと姻戚関係を結ぼうとする人は少ない。天葬師は結婚相手を探すのが困難だという。
つまり彼らは一般社会の人たちから敬遠されているのだ。
死者を扱う職業なだけに、天葬師については多くの不気味な伝説がある。たとえば天葬師は起き上がった死体だという伝説すらあるそうだ。
また天葬師は人間界の存在ではなく、半ば霊的世界の存在だと考える人も少なくないという。
天葬師自身は自分たちの職業に誇りを持っているそうだ。かなりの額の収入も得られるという。
ただし天葬師が僧侶の場合には、収入の大半を自発的に寺に納めるらしい。
チベット医学と天葬師
チベット医学は人体解剖についてかなりの知識を蓄積していた。
これは天葬の際に天葬師が遺体を解体する様子を観察した結果だと言われている。
チベットの医学書には胎児が成長する様子も記されていることから、かつてのチベットには死亡した妊婦の解体を観察した医学者もいたのだろうと考えられる。
チベットでは肉体の構造を実際に見る機会は少なくないのだ。
日本人の感性からすれば、現在でもこのような習慣がなくならないのは不思議な気もするが、チベット文化圏では今でも違和感なく受け継がれているようだ。
中国では天葬は7世紀から続く習慣だと言われている。
それだけ続いた葬礼が一朝一夕に消滅することはないのだろう。
中国政府もこの方式を公認している。ただし見物、撮影、放送、画像の出版、天葬見学ツアーなどは制限されている。
しかしチベット自治区、あるいは四川省などのチベット文化圏では、天葬台付近は実質上は観光スポットのような状態になっている。
観光客が天葬の見物に押し掛ける状態が続けば、チベット人自らが天葬という風習を放棄するかもしれない。
そうなれば誇り高き天葬師たちも姿を消すことになるだろう。