習近平の経歴

習近平の経歴

中国国内の情報をベースにして年表形式でまとめた習近平の経歴は以下の通り。重要なのは中央政界入するまでどの地方で幹部を務めたかという点である。

中国の政治家の地方での人脈は、後の人事との絡みで重要である。

1953年6月
陝西省富平県生まれ。なお父親の習仲勲は中華人民共和国建国当時の共産党幹部である。

1969-1975年
文革の混乱を鎮静化するために毛沢東が「下放」を奨励したため、習近平は陝西省延川県に赴く。

下放直後は文安驛公社梁家河大隊の「知青」つまり知識青年だったが、1974年に中国共産党に入党し、党支部書記に就任している。

なお父親の習仲勲は毛沢東に批判され1962年に失脚していた。習仲勲の政界復帰は毛沢東の死後である。

1975-1979年
清華大学の化工系で基本有机合成を専攻

なお1978年に父親の習仲勲が政界に復帰している。復帰後は八大元老のひとり(中国共産党の長老)として強大な権力を握った。

1979-1982年
国務院弁公庁および中央軍事委員会弁公庁において副総理および中央軍事委員会常務委員を務めた耿飈(こうひょう)の秘書となる。

1982-1983年
河北省正定県委副書記

1983-1985年
河北省正定県委書記
正定県武装部第一政委
党委第一書記

福建省時代

1985-1988年
福建省厦門市委常委
副市長

1988-1990年
福建省寧德地委書記
寧德軍分区党委第一書記

北京では1989年に天安門事件が発生している。この結果、江沢民が鄧小平から党中央軍事委員会主席の地位を継承した。

1990-1993年
福建省福州市委書記
市人大常委会主任
福州軍分区党委第一書記

1993-1995年
福建省委常委
福州市委書記
市人大常委会主任
福州軍分区党委第一書記

なお1993年から江沢民が国家主席にに就任している。

習近平にとって江沢民は自分が国家主席に就任した当時の長老であるが、その江沢民が国家主席に就任したときの長老は習近平の父親である習仲勲である。

このことは「習近平が江沢民をどう思うか?」を判断する上で参考となろう。

1995-1996年
福建省委副書記
福州市委書記
市人大常委会主任
福州軍分区党委第一書記

1996-1999年
福建省委副書記
福建省高炮預備役師第一政委

1999-2000年
福建省委副書記、代省長
南京军区国防動員委員会副主任
福建省国防動員委員会主任
福建省高炮預備役師第一政委

2000-2002年
福建省委副書記、省長
南京軍区国防動員委員会副主任
福建省国防動員委員会主任
福建省高炮動預備役師第一政委

なお1998年から2002年の間に清華大学人文社会学院で「マルクス主義理論と思想政治教育」を専攻して法学博士の学位を取得している。

もちろん中国の政治家が学業に本気で取り組むとは思われないので、この手の学位は多くの場合「お飾り」と考えるべき。

浙江省時代

2002-2002年
浙江省委副書記、代省長
南京軍区国防動員委員会副主任
浙江省国防動員委員会主任

2002-2003年
浙江省委書記、代省長
浙江省軍区党委第一書記
南京軍区国防動員委員会副主任
浙江省国防動員委員会主任

2003-2007年
浙江省委書記
省人大常委会主任
浙江省軍区党委第一書記

この時代に習近平の部下であった楼陽生(ろうようせい)は2021年に河南省のトップ(中国共産党河南省委員会書記)に就任している。

中央政界時代

2007-2008年
中央政治局常委
中央書記処書記
中央党校校長

なお習近平は2007年に失脚した陳良宇に代わって上海市委書記・上海警備区党委第一書記に就任している。

陳良宇は、いわゆる上海閥あるいは江沢民派の大物と言われていたため、陳良宇の失脚は江沢民の影響力の低下を意味すると分析するチャイナ・ウォッチャーが少なからずいたが、陳良宇の失脚は江沢民の失脚には繋がらなかった。

中央政治局常委は中国共産党の「殿上人」である。なお李克強も習近平と同時に中央政治局常委に就任している。

2008-2010年
中央政治局常委
中央書記処書記
中华人民共和国副主席
中央党校校長

2010-2012年
中央政治局常委
中央書記処書記
中華人民共和国副主席
中共中央軍事委員会副主席
中華人民共和国中央軍事委員会副主席
中央党校校長

2012-2013年
中央委員会総書記
中共中央軍事委員会主席
中華人民共和国副主席
中華人民共和国中央軍事委員会副主席

2013-
中央委員会総書記
中共中央軍事委員会主席
中華人民共和国主席
中華人民共和国中央軍事委員会主席

このあたりから先は説明を要しないであろう。

Posted by 編集長

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