死者の血を吸う宝石”血玉”の謎

奇妙な埋葬習慣

かつての中国では貴人を埋葬するときに口の中に宝石を入れて塞ぐ習慣があった。このときに使われる宝石を含玉(ガンギョク)または押舌(オウゼツ)という。時代が下ると宝石ではなく金銭が使われるケースも現れる。

この習慣は殷の時代の遺跡からも確認されている。非常に古い習慣なのだ。

宝石の形は様々である。球形の他にも魚や貝をかたどったものが出土している。管状のものや板状のものもある。最も一般的なものはセミの形をしている。セミの形をした含玉を玉蝉(ギョクセン)という。

中国史上最も有名な含玉は西太后の含玉であろう。

西太后の含玉は夜明珠という非常に珍しい宝石であった。銀の値段を基準に当時の価格を割り出すと日本円で100億円以上の価格になる。しかし実際には100億円でも入手困難な珍しい宝石なのだ。

西太后の墓は盗掘に遭っている。そのとき西太后の含玉も盗まれた。最終的に蒋介石の夫人・宋美齢の手に渡ったとされているが、真相は今でも謎に包まれている。

奇習の目的

この奇妙な習慣には目的がある。死体を永遠に保存するのが目的なのだ。

西晋時代に数々の奇跡を起こし、最終的に仙人になったと伝えられる葛洪(284年から364年)は自著『抱朴子』の中で次のように述べている。

金玉在九竅則死人為之不朽
死体の9つの穴を黄金または宝石で塞ぐと死体は永遠に腐らない。

ここで言う9つの穴とは両目、両耳、左右の鼻孔、口、肛門、性器である。

これらの穴を塞ぐ宝石を九竅玉(キュウキョウギョク)または玉塞という。古い墓からは九竅玉がセットで出土するケースも珍しくない。

含玉は死体を守る九竅玉のひとつなのだ。

死者の血を吸う含玉

長い中国の歴史の中で死者たちの口を塞いだ含玉の数は無数にある。そうした含玉の中には非常に稀ではあるが特殊な変化が起きることがあると言われている。

含玉が死者の血を吸って赤く変色するというのだ。特に死亡の直後に含玉を入れるとこの変化が起きやすいと言われている。

このような変化を遂げた含玉を血玉と呼ぶ。

血玉の外見は一様ではない。部分的に赤く変色しているものもあれば、網目状に赤いすじが入っているものもある。

血玉は不気味ではあるが妖しい魅力をもつ存在でもある。実際に血玉を欲しがる愛好家は少なくない。しかも稀少性があるので中国の宝石商人の間では最高級の玉として扱われているのだ。

生き血を吸う石

血玉は死者から血を吸うだけではない。生きている女性の生き血を吸うことで成長する血玉もあるというのだ。

そのような血玉はもともとは純白だそうだ。その玉器を女性がアクセサリーとして身につけると、その女性の血を吸い始めるのだ。

しかし血を吸われる女性が気がつかないほど少しづつ吸うので、女性が玉器を一生涯身に着けていたとしても、純白の玉器はわずかに色づく程度だそうだ。ほとんど色が変わらないのである。

女性が死亡するとその玉器も副葬される。かつての中国ではそれが一般的であった。

副葬された玉器は高確率で盗掘に遭う。これも中国では常識だ。考古学者が墓を発掘すると9割以上が盗掘されていると言われている。

盗まれた玉器は最終的に誰かに販売される。女性用のアクセサリーであるから再び女性の手元に落ち着き、玉器はその女性の血を吸うのである。

その女性が死ぬまで血を吸い続けたとしても玉器の色は少ししか変わらない。

そして再び副葬され盗掘に遭い販売されるというサイクルを繰り返すのだ。

何人もの女性の血を吸い続けることにより、最初は真っ白だった玉器は血の色に変わる。しかしそれには数百年の歳月が必要だと言うのだ。

やはりこのような血玉は滅多に現れることはない品物なのだ。

狗の血を吸う玉器

血玉は極めて高価な宝石であるが、もともとは白い玉が変化したものである。白い玉は比較的安く入手できる。そうなると白い玉を加工して偽物の血玉を作る者が現れるのだ。

現在の中国では科学的に合成された染料を使うケースが多いそうだ。

伝統的な偽造の流儀ではイヌの血が使われると言われている。白い玉をイヌの血に漬けて血を吸わせるのである。

なぜイヌの血が使われるのだろうか?

それは血玉の性質についてのある考え方が関係している。血玉は血液が玉器にしみ込んだものではないのだ。玉器に具わる霊力が血液を吸い取ることによって血玉になるのだ。

そのためには玉器の霊力に感応する対象が必要だ。多くの含玉が血玉にならないのは、ほとんどの死体が玉器と感応しないからだ。

玉器は「特別な何か」をもつ人からしか血を吸うことができないのだ。恐らくそれは一種の霊力であろう。霊的な能力を備えた人の死体と出会ったとき、玉器は血を啜り赤く染まるのである。

中国では昔からイヌには霊力が具わると考えられてきた。血玉の偽造を企む人たちはイヌの霊力と玉の霊力が感応することに気付いていたのである。

恐らく人間の血液よりもイヌの血液のほうが高確率で玉に吸収されるのだろう。しかも血液によって赤く染まった玉は本物の血玉と区別がつかない。

このような事情があるので、現在出回っている血玉の多くはイヌの血で作られた偽造品であると疑う専門家も少なくないそうだ。