五身一体の「一目五先生」伝説

一目五先生

かつて浙江には5匹が一組になった不思議な化け物がいたそうだ。

5匹が一組になるには理由がある。5匹のうち1匹だけが目をもっており、他の4匹は先頭の1匹の視力に頼って活動していたのだ。

先頭の1匹はひとつ目なので5匹を一括して一目五先生と呼んだそうだ。

なお中国語の「先生」は日本語の「さん」、英語の’Mr’くらいの意味である。

特殊能力

一目五先生は熟睡している人の匂いをかぐという。

1匹が匂いをかぐだけでその人は病気になり、5匹全部が匂いをかぐとその人は死んでしまうという。

どうやら匂いをかぐというのは見た目がそう見えるだけで、実際には人間の精気を吸い取っているのだろう。

一目五先生は人間の精気を吸い取り、その栄養で自らを太らせる特諸能力を備えているらしいのだ。その一部始終の目撃談が残されている。

旅館の夜の恐怖

ある男が旅館に泊まった。その男は客が全員寝静まったにもかかわらず、どうしても寝付けなかった。

すると突然、部屋の中に一目五先生が現れた。

その中の1匹が熟睡している客の匂いをかごうとすると、先頭の1匹が制止した。それは善人だからダメだというのだ。

また1匹が別の客の匂いをかごうとすると、またも先頭の1匹が制止した。それはとんでもない悪人だからダメだというのだ。

そこで4匹が先頭の1匹に「では、どれを食べればよいのですか?」と訊ねた。

すると先頭の1匹は「善も悪も福も禄もない奴だ」と言って2人の客を指差した。

目のない4匹に対して指差しても意味がなさそうだが、どうやら目のない4匹も先頭の1匹の目によって「見る」ことができるらしい。

先頭の1匹が選んだ客を見て一目五先生は一斉にその客の匂いをかぎ始めた。

すると2人の客の鼻息は次第に弱まり、一目五先生の腹が膨れ始めたそうである。人間の精気が吸い取られ一目五先生の栄養になったのだ。

翌朝、精気を吸われた2人の客は死んでいたという。

浙江では特に疫病が流行した年に一目五先生が頻繁に目撃されていたそうだ。

常州の一目五先生

常州にも一目五先生の伝説がある。常州の一目五先生は怪物や妖怪ではなく五人の仙人である。そのうちの4人は目が見えず、1人だけ片目が見えたので全員を総称して一目五先生と呼んだそうだ。

元末の動乱期のことである。

後に明朝の初代皇帝となる朱元璋(1328年から1398年)は南京を占領して呉国公を名乗った。次の目標として常州攻略を目指していた朱元璋はある日常州の方向に「紫雲紅光」を見た。

あまりにも不思議な光景であったから朱元璋は軍師の劉伯温(1311年から1375年)を呼んで「あれは何だ?」と訊ねた。

すると劉伯温は「あれは旺気です」と答えた。そして旺気のある土地からは天下を支配する者が現れるというのだ。

実際に常州からは過去に国王が生まれており、隋唐の時代には8名の宰相が誕生している。

劉伯温は常州からは将来天下を手中に収める人物が現れる可能性があると言った。これは常州が風水的に優れた土地だからであるというのだ。

常州から皇帝が生まれることを危惧した朱元璋は、劉伯温に常州の風水を破壊するよう命じた。

風水破壊者

朱元璋は数多くの呪術師を抱えていたが、彼らの能力を結集しても常州の風水を破壊するには力不足であった。常州の風水はあまりにも優れていたので人間の能力では常州の風水を破壊することはできなかったのだ。

そこで劉伯温は祈祷を行い仙界から5名の仙人を招来した。それが一目五先生だったのだ。

一目五先生の能力は人間の能力をはるかに凌駕していた。一目五先生が訪れた土地の風水はことごとく破壊された。

一目五先生は壁をすり抜けて建物の中に侵入することができたという。

一目五先生は才能に恵まれた子供がいる家を次々に訪問した。すると子供の知力はたちまち衰えた。この結果常州には聡明な子供はひとりもいなくなったという。

一目五先生の影響は明代の中期まで残存した。だから明代の中期以降になってからようやく常州から優れた人材が輩出されるようになったと言われている。

風水の作用はその土地の地形だけで決まるものではない。常州の一目五先生は風水破壊という神秘的な力の存在を示す一例なのである。