造畜という人体改造術

大明律

明の時代の刑法典である『大明律』には次のような規定がある。

造畜者财产入官
妻子及同居家口虽不知情并流二千里安置
大明律

これは「造畜」という罪を犯した者の財産を没収し、その家族はたとえ事情を知らなかったとしても二千里の遠方に流罪にするという定めだ。

なお造畜を行った本人は「斬」つまり斬首である。

かつての中国で死刑の威嚇によって禁圧されていた造畜とはどのような犯罪なのだろうか?

聊斎志異

蒲松齢(ほしょうれい:1640年から1715年)の『聊斎志異』には造畜についての話が出てくる。

その概要は次の通りだ。

あるとき揚州の旅館に5頭のロバを連れた客がやってきた。

客は旅館の厩係にロバを預け「少ししたら戻るが、ロバには絶対に水を飲ませるな」と言って出掛けた。

その日は日差しが強く気温が高かった。

ロバが苦しそうにしているので、旅館の主はロバを涼しいところに移動させた。
そこには水場があった。ロバは水を見ると一斉に駆け寄り水を飲み始めた。

するとロバは人間の女性に姿を変えた。

驚いた主は「これはどういうことだ?」と訊ねた。

しかし女性たちは舌が硬直していて話ができない様子だった。主は女性たちを部屋の中に案内して休ませた。

しばらくすると先ほどの客は5頭の羊を連れて戻って来た。

客は「俺のロバはどうした?」と訊ねるので、主は「先に食事を召し上がって下さい。ロバはすぐに戻ってきます」と言って食事を勧めた。

客が食事を食べている隙に羊に水を飲ませると、羊は人間の子供の姿に変わった。

主はこのことを役人に通告した。

直ちに捕縛の人員が派遣され、その客は拘束された。それは妖術使いであったため、役人たちに殴り殺されたそうだ。

人体改造の妖術

蒲松齢は上記の話の冒頭で人間を畜生に変えてしまう妖術があると言っている。それが造畜なのだ。

蒲松齢によると造畜は黄河以南の土地では珍しくなかったようだ。

造畜の全貌は明らかではないが清の時代には次のような方法が語られていた。

先ず殺したばかりの犬の皮を剥ぐ。そして血が滴り、犬の体温が残っている状態の皮を子供の体に張り付けるのだ。

すると犬の皮は子供の体と同化し、子供は犬に姿を変えてしまう。

妖術師はこのようにして作った人間犬を見世物として売り飛ばしたという。

動物に改造された人間は非常に強い苦痛を感じるらしい。犬にされた子供は1年ほどで死んでしまうそうだ。

この話だけでは人間から作られた動物を買い取る側の意図がわからないだろう。

実は人間を動物に作り変えると、見世物として価値のある動物になるのだ。

残酷な見世物

これは清朝末期の話である。

安徽省・宿州の南石橋という所に見世物小屋が建ったそうだ。

その見世物小屋では多数の動物が芸を披露していた。

動物たちはまるで人間の言葉を理解できるかのように、言われるがままに動いたという。

それだけでも観客を驚かせたのであるが、もうひとつ前代未聞の見世物があった。

それは人間の言葉を話す猿である。

演目の最後に小さな猿が現れ「謝謝大家(みなさんありがとうございます)」と言うのだ。

これが大評判になり、見世物小屋は大繁盛したそうである。

地元の有力者が言葉を話す猿の秘密に興味をもった。

見世物小屋の主を食事に招待して秘密を聞き出そうとしたが、主は言葉を濁して秘密を打ち明けなかった。

そこで有力者は手下に見世物小屋の秘密を探らせた。

すると思いがけないことに、見世物小屋の従業員が幼い子供たちを誘拐して、監禁していることが判明したのだ。

通報を受けた官憲が見世物小屋の一味を捉えて尋問したところ、見世物小屋の主が造畜術を使う妖術師だということが判明した。

見世物小屋は諸国を移動しながら営業を行う。

10年ほど前に宜興(ぎこう)で小屋をかけていたときに、見世物小屋の主は地元の妖術師から造畜術を学び取ったという。

それ以来、手下を使って幼い子供を誘拐し、造畜を繰り返していたのだ。

言葉を話す猿も、安慶(あんけい)で誘拐した男子から作った人猿だった。もちろん芸を披露する動物たちも中国各地で誘拐した子供たちだったのだ。

蒲松齢が記した通り、造畜すると1年もしないうちに死んでしまうそうだ。だから見世物小屋の一味は、移動を繰り返しながら子供の誘拐を続けていたのである。

狗熊写字

袁枚(えんばい:1716年から1797年)の『子不語』にも「狗熊写字」と題した造畜の話が記録されている。狗熊写字は「字を書く熊」という意味だ。

乾隆26年(1761年)のことである。虎邙(こぼう)というところに字を書く熊がいたそうだ。

飼い主に百銭を払って白い紙を渡すと、熊がその白紙の上に唐詩を書いたのだ。

あるとき飼い主がいない隙に、悪戯好きの男が熊の前に白紙を置いたところ、熊は唐詩を書かずに自分の身の上を書き始めた。

それによると、熊はもともとは湖南省・長沙(ちょうさ)の金汝利(きんじょり)という人間だったというのだ。

金汝利は若いときに飼い主に誘拐され、声が出なくなる薬を飲まされたそうだ。

さらに金汝利は丸裸にされ、全身に針を刺されて血塗れになった。

そうしておいて飼い主は殺したばかりの熊の皮を剥いで金汝利の全身を包んだのである。

熊の皮は金汝利の体に貼りついて剥がれなくなり、金汝利は熊人間になってしまったのだ。

この文書を見た人たちはその紙を証拠として役所に訴えた。

飼い主は直ちに捕らえられて処刑されたのである。

以上のように、清の時代の中国では造畜は珍しいことではなかったようである。

今もある造畜

実は造畜は過去の妖術ではない。驚くべきことに、今でも造畜は行われているという。

事情通の話によると、過去の造畜に関する話は誇張されていて、実際の造畜術とは若干異なるという。

本当の造畜術は、動物の毛皮を人間に移植する外科手術の一種なのだという。

通常は動物の毛皮を人間に移植しても、免疫の拒絶作用により生着しない。動物の腎臓や肝臓を人間に移植できないのと同じ原理だ。

しかし免疫を完全に抑制すれば別の動物の組織ですら移植が可能になる。ひとつの個体に別々の動物の組織が共存するとき、その個体をキメラと呼ぶ。

強力な免疫抑制作用をもつ漢方薬を使ってキメラを作り出すのが造畜術の正体なのだ。

造畜された子供が長生きできないのは、免疫が抑制されているため、容易に感染症に罹るからだ。かつてのエイズ患者が日和見感染症で死亡していたのと同じである。

造畜の目的はやはり販売であるという。

この世には動物に姿を変えた異形の児童を鑑賞するマニアが存在するのである。

軟体動物や爬虫類など、グロテスクな動物を飼育するマニアは少なくない。その延長線上には、さらに不気味な嗜好が存在するのだ。

かつての中国で見世物にされていたキメラは氷山の一角であったのだ。大衆に晒されたキメラよりもはるかに多くの児童が造畜マニアの玩具として密かに飼われていたのである。