特殊な侵入窃盗
中国には蜘蛛盗、毒蜘蛛、蜘蛛賊などと呼ばれる犯罪者がいる。
これは蜘蛛のように建物によじ登り窓から屋内に潜入して金品を盗む特殊な住居侵入窃盗を指す言葉である。
通常は地上から登るのだが部外者が屋上に上がれるようなマンションでは一旦屋上に上がった窃盗が屋上から下りてきて窓から部屋に侵入する場合もあると言われている。
現在の中国では特に都市部で住宅の高層化が進んでおり、蜘蛛賊は増加傾向にあるそうだ。
蜘蛛賊の登攀技術は軽視できない。通常は3階程度までが狙われやすいそうだが、北京では23階で被害にあったケースも報告されている。また四川省の成都では28階での被害も発生している。落下したら確実に死亡する高さだがロープなどの道具は使わない。
中国警察の情報によれば蜘蛛賊はどんなに高いビルでも屋上まで登ろうと思えば登れるだけの技術をもっているそうだ。
壁をよじ登る技術を習得した犯罪者にとって地上からの高さは何ら問題にならないのである。
これは通常人の盲点になる。
蜘蛛賊は「まさか高層住宅の窓から窃盗犯が侵入してくるはずないだろう」という常識の裏をかく犯罪なのだ。
蜘蛛賊の特徴
単独の蜘蛛賊は少ない。通常は見張り役がいるので2人から3人で盗みを働くことが多いのだ。
夜間の職務質問で露見しないように特別な道具は使わない。配水管や室外機を足がかりにして道具を使わずに素手で建物に登るのである。
1件当たりに費やす時間は5分程度であり、その時間内にめぼしい物品が見つからなければ諦めるという。その代わりに別の住宅に侵入するのだ。ひと晩のうちに連続して犯行に及ぶのが蜘蛛賊の特徴なのである。
犯行時刻は夜明け前の時間帯が多く、季節的には窓に鍵をかけない人が多くなる夏が狙われやすい。
また蜘蛛賊は全国的に移動しながら犯罪を繰り返している。鉄道の駅に近い宿を拠点に一定期間窃盗を繰り返すと、別の地域に移動するそうだ。
蜘蛛賊に狙われた地域では2週間ほどの間に数十件の被害が出るという。1棟のマンションに目を付けたら窓の開いている部屋を片っ端からターゲットにするので被害が拡大しやすい。ピッキング窃盗よりもはるかに悪質なのである。
蜘蛛賊の背景
蜘蛛賊の組織は、もともとは血縁関係者や同郷の人間たちが集まったものらしい。組織と言っても実行犯は数人、少ない場合は二人組の場合もある。
江蘇省の常州で10歳の子供を実行役にしていた蜘蛛賊が摘発されたことがある。現行犯で逮捕されたのではない。
10歳の子供が盗んだ古い紙幣で買い物をしようとしたところ、ほとんど流通していない古い紙幣を子供が持っていることを怪しんだ店主が警察に通報して発覚したのだ。
捜査の結果ボスも逮捕された。この二人は福建省の出身であった。ボスは近所の俊敏な子供に目を付けて数カ月かけて建物に登る技術を仕込み、手先に使っていたのである。
子供の親は何をしていたのかと不思議に思われるかもしれないが、遠方に良い仕事があるので紹介してやるという口実で子供を預かっていたのだ。
このように泥棒の世界にも親方が弟子を仕込むという師弟関係のようなものが存在するケースもあるようだ。
ビルに登る技術も、スリの技術も、ピッキングの技術も、教える者と教えられる者が存在する。こうした技術を身に着けた犯罪者は後継者を探して新たな犯罪者を育てるのである。
そこには単なる利害関係を超えた特殊な人間関係が形成され、その道に入った人間たちを呪縛しているのだ。
だが、これは昔ながらの形態だ。中国警察の情報によると昨今の蜘蛛賊は組織犯罪化しているという。
現金以外の宝飾品を盗むとどこかで売りさばいて現金化する必要がある。そのためにはそれなりのルートが必要になるが、移動を繰り返す蜘蛛賊にとっては盗品の売却は大きな手間になるうえにリスクが大きい。そこで盗品を捌く人員が加わり分業体制ができやすいのだ。
お互いが何をしているのかわからない犯罪者のネットワーク。それは気の知れた仲間というよりもマフィア的な組織になってしまう。
その結果、犯罪捜査が困難になっているそうだ。
なぜなら蜘蛛賊のうちの誰かを逮捕しても、仲間の情報を話そうとしないからである。話せば組織が親類に危害を加えるので、話したくても話せないのである。もちろん盗品の回収も困難になるのだ。
被害の実体験
実は私自身上海郊外で蜘蛛賊の被害に遭ったことがある。そのときは2階に住んでいたので、蜘蛛賊にしてみれば楽なターゲットであったに違いない。
財布が盗まれたのだが、その日のうちに捨てられていた財布を発見した。現金だけが抜き取られており、カード類はそのまま残されていた。同日に同じ建物内で被害にあった世帯は少なくなかったようである。
窓の鍵を閉めておくだけでも一定の予防効果はあるそうだから、中国に住むことになったら、このような犯罪があることを思い出して予防していただきたい。