殺し屋という犯罪の実態

殺人依頼者と請負人

中国には他人に殺人を依頼する人が少なくない。殺人を依頼する人がいるのだから依頼を受ける人物が存在することは明らかだ。

ではどのような人物が殺人を請け負っているのだろうか?

日本人ではゴルゴ13のイメージが強いので、特別な技術と情報をもつプロフェッショナルが殺人を請け負うのだろうと想像しがちだ。

例えばモト軍人であるとかモト武装警察官のような人物が高額の報酬を得るために殺し屋に転向するなどのストーリーが考えられる。

果たして実態はどうなのだろうか。実際に起きた事件を紹介しよう。

複雑化しがちな殺しの請負

これは2013年に発生した殺人事件である。複数の人物が登場するが、カネの流れに注意しつつ読んでいただきたい。

事の発端は、ある夫婦のあいだに生じた諍いである。

具体的な事情は知る由もないが、とにかく奥さんが旦那さんに死んで欲しいと考え始めたところから事件が始まる。

奥さんはインターネットを通じて知り合った「友人」に旦那さんの殺害を依頼した。この時点で「友人」とは、かなり親密な関係になっていたのだろう。

奥さんは報酬として24万元(日本円で400万円くらい)を払うと約束し、殺害の支度金として1万元を送金した。

1万元を受け取った「友人」は、すぐに同郷の男を呼び出した。

中国人は簡単に人を殺すと誤解している人が多いが、やはり自分の手で人を殺すのは怖いのだ。「友人」は自分で手を下すのではなく、1万元を渡して同郷の男に殺害を依頼したのである。

依頼の連鎖

しかし同郷の男も人を殺す根性はなかった。そこで「友人」はインターネットで殺し屋を探し始めたのである。

中国の有名なSNSの内部に殺し屋が集うコミュニティーがあった。「友人」はそのコミュニティー内で「蒼き狼」を名乗る殺し屋に旦那さんの殺害を依頼した。

しかし殺し屋コミュニティーに集う人たちのほとんどはネット弁慶に過ぎない。「蒼き狼」も自分で殺害するつもりはなかった。

「蒼き狼」は仲介手数料を報酬の10%とすることで、この殺人依頼を別の殺し屋に回したのである。その殺し屋もインターネットで探し出した人物である。報酬は10万元で話がついた。

つまり「蒼き狼」が「友人」から10万元を受け取り「蒼き狼」は殺し屋に9万元を支払い自分の手元に1万元を残すという計算になる。もちろん10万元の出所は殺されることになっている旦那さんの奥さんなのである。

実際には「友人」は奥さんに16万元かかると嘘を言って、6万元を中抜きしたが、この事情は奥さんの知る由もない。以上の流れだけでもかなり複雑だが、実はさらに先がある。

下請けの下請け

依頼を受けた殺し屋はインターネットで別の殺し屋を探し出したのだ。

8万元の報酬で殺しを請け負わせた。

殺しを請け負った人物はさらに別の人物2名に殺しを依頼し、8000元を中抜きしたのである。

最終的に殺しを請け負った甘粛省出身の男と河北省出身の男が安徽省に赴いて旦那さんを殺害した。

中国は広い。違う省に行くのは外国に行くくらいの距離を移動しなければならない。インターネットがなければ、このような広域的な犯罪準備は不可能であろう。

真のプロではない

紹介した案件からもおわかりの通り、中国で報道される殺し屋は、専業の殺し屋ではない。素人が金銭を目的として殺しを請け負っているのである。

従って殺し屋にプロ意識はなく、捕まれば依頼主がだれか供述するし、報酬の額で依頼主と揉めることもあるのだ。もちろん報酬の前払い金を受け取って何もしないケースも少なくないようだ。

さらに最近ではインターネットを利用して殺し屋を探すケースが多く、交信の履歴が殺害準備の証拠となるのである。

冒頭の「中国には殺し屋はいるのか?」という質問への答えはYESであるが、それはゴルゴ13のような殺し屋とは全く異なる安易な犯罪者たちなのである。