犯人像
未遂事件の被害者からの聞き取りにより、次のような犯人像が明らかになった。
犯人の身長は170センチ弱、体型は痩せ型、年齢は40歳前後。
犯行の態様には次のような特徴があった。
最上階の部屋を狙う
バルコニーから侵入する
門から逃走する
建物によじ登る技術をもつ
手慣れた感じであった
これらの特徴から犯人は凌河区周辺に土地勘がある常習犯か前科者である可能性が高まった。
殺害された女性の体内からは犯人の体液は検出されなかった。つまりこれは一般的な強姦事件ではなかったのだ。
しかし性器が刃物で傷つけられていたことから、公安は犯行の動機を性衝動であると推定した。
つまり女性(またはその遺体)を虐待することで性的な刺激を満足させる「性変態案件」とみなされたのだ。
背中の文字
殺害された女性教師の背中には、刃物で漢字のような文字が刻まれていた。
公安は言語学者の協力を得て、その文字の意味を探った。
すると言語学者は、それは『康熙字典』の中に記録されている珍しい文字であることを探り当てた。
読み方は[máo]。毛沢東の毛と同じ発音である。
この文字には良い意味と悪い意味があった。
ひとつは「美人」という意味であり、もうひとつは「妓女」つまりビッチという意味である。
北方では良い意味で使われることが多く、福建の南部へ行くと悪い意味になるようだ。
事件は中国の北国・遼寧省で発生しているのだから、犯人は「美人」という意味でその文字を使った可能性が高い。
繰り返される犯行
6月13日、女性教師が殺害されたのと同じ古塔区で45歳の女性Yの遺体が発見された。
犯行の手口から、犯人は一連の事件と同一の犯人であると断定された。
Yの夫は、はるか南方の海南で事業を行っており、夫とは数年前から別々に暮らしていた。
殺害現場はYが友人から借りた物件であった。引っ越してきてからひと月も経っていなかったという。
近隣住民の証言によると、Yは前日の夜9時ころに帰宅していた。
その後、近隣住民はシャワーの音を聞いている。殺害されたのはそれよりも後ということになる。
現場検証の結果、Yの携帯電話が消失していた。
調査すると、Yの携帯電話はYの死後、9回も使われていた。
通話記録を分析すると、最初の通話は錦州の大虎山付近、最後の通話は瀋陽の南駅付近で行われたことが判明した。
その途中の電波を分析することにより、携帯電話の持ち主は、錦州から瀋陽に移動していることが明らかになった。
通話の相手方のひとりは被害者Yの友人だった。
移動手段の特定
Yに電話をかけた友人の証言によると、電話に出た人物は何も言わずに電話を切ったそうだ。
そのとき列車の中にいるような音が聞こえたという。
つまり容疑者は鉄道を利用して瀋陽に向かっていたことになる。
公安は時刻表などを検討し、最終的に容疑者が乗車したのはK641という列車であることを特定した。
中国の列車には非常に多くの乗客がいる。
通常は容疑者が乗車した列車を特定したとしても、それだけでは大した手掛かりにはならない。
しかし当時の中国ではSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行していたため、乗客の全てが「健康登録カード」への記入を義務付けられていた。

公安はこのカードの記録を入手し、容疑者を絞り込んで行った。
その結果、容疑者は十数名に絞られたのである。
携帯電話の行方
列車の乗客の捜査と並行して、奪われた携帯電話の行方も捜査されていた。
最後の通話記録があった瀋陽南駅の付近には中古の携帯電話マーケットがある。
捜査員はそのマーケットで聞き込みを行い、Yの携帯電話を発見した。
携帯電話を買い取ったAは、携帯を売りに来た人物をよく覚えていた。
その人物は価格交渉に非常に時間をかけたからだ。
公安は未遂事件の被害者とAの協力を得て、列車の乗客のデータから絞り込んだ候補者の中から容疑者を選び出した。
その結果、Sという男が選び出されたのである。