大衆管理ツールとしてのインターネット

中国の四大発明

中国をパクリ国家だと考えている日本人は多い。しかし歴史を振り返れば、中国は画期的な発明を行っている。

人口に膾炙しているのは、いわゆる四大発明だ。

火薬、羅針盤、紙の製法、印刷術。これらの発明は確かに偉大ではある。しかし四大発明はどれも物品の発明である。

物品の発明は個人的なアイディアから生まれることもあり、個人的な努力で実を結ぶこともある。だから物品の発明は今この瞬間にも世界各地で行われているのだ。

何が言いたいのかといえば、四大発明は中国の発明としては「大したことはない」と言いたいのだ。

システムの発明

物品の発明とは異なり、システムの発明は個人の力量だけでは完成しない。

システムとは、多くの人間が参与する社会の仕組みである。

非常に優れたシステムのアイディアがあったとしても、そのアイディアに従って多くの人間を動かすパワーがなければ、それはシステムではなく空想であり、後世に残る発明とは言えない。

例えばブロックチェーンを使った決済システムであるビットコインのアイディアは、それだけでは価値を持たなかった。

実際にビットコインのアイディアが提唱されてから数年間は、ビットコインに投資(あるいはマイニング)するのは一部の変わり者だけだったのだ。

しかしビットコインと商品の交換が行われるようになり、ビットコインと通貨の交換が行われるようになると、ビットコインは通貨と同等の機能を持つようになり、外国為替と同様に投資の対象になった。

そのような変化が自然発生的に起きたと考えるなら、あまりにも世間知らずである。

全てはビットコインのブームを起こして莫大な富を手に入れようと意図したビッグパワーの仕掛けが始動した結果なのだ。

つまりビッグパワーにより、新たな「儲け」のシステムが創造されたのである。

このシステムの発明者は誰か?

サトシ・ナカモトではない。ビットコインと財物の交換を可能にし、ビットコインは儲かるという情報を流して大衆を動かしたビッグパワーこそが、このシステムの発明者なのだ。

システムの発明には巨大なパワーが不可欠なのである。

統治システムの先進国

話を中国に戻そう。

中国は地政学的な理由から盤石な支配体制を確立しづらい土地であった。陸続きの土地に異民族の支配地域が広がっていたため、常に周辺国から侵略されるリスクが存在した。

しかも国土が広大であるから、地方の貴族や武将が独立政権を樹立することも警戒しなければならなかった。

中国を安定的に支配するのは至難の業なのだ。実際に中国では大きな政権交代が何度も起きている。

そうした歴史の中で、中国は国家の統治システムを発明してきた。いや、発明を迫られてきたのだ。

中国における統治システムの発明こそが、いわゆる四大発明など問題にならないくらいの大きな発明なのだ。

中国では共産党政権以前の社会を「封建社会」と表現することが多い。しかしこれは誤りである。

中国は早くも始皇帝B.C.259年からB.C.210年)の時代に、封建制度のような危険な制度を廃止しているのだ。

封建制とは日本の江戸時代と同じように、地方に世襲の統治者を置く制度だ。このような存在は最終的には独立色を強めて皇帝の脅威になる。江戸時代の末期に徳川幕府に牙を剥いた諸藩のように。

そのようなことをするよりも、中央から派遣した官僚に地方の統治を任せる方が安全なのだ。官僚の任期を限って転任させれば、地方豪族との癒着による独立政権樹立のリスクもなくなる。

官僚支配のシステムは一時的に途絶えたこともあるが、宋の時代以降の中国では統治の基本システムとして利用され、現在でも機能しているのだ。

中国が発明した統治システムの中で、もうひとつ特筆すべきは、試験による官吏登用制度である。つまり科挙だ。

科挙には皇帝権力を安定化する優れた機能が存在する。

それは世襲の有力者の芽を摘む機能だ。科挙という制度がある以上、宰相の息子であっても試験に合格しない限り権力を握ることはできない。

科挙が導入されてからの中国では、どれほど有力な政治家の家系であっても、3代続けて科挙に落ちれば没落すると言われるようになった。

科挙は同じ家系に権力が集中して皇帝の権力を脅かすことを未然に防ぐ機能を発揮していたのだ。

官僚制度も科挙制度も国内において支配者の権力を安定させるシステムである。現在の中国では科挙は廃止されているが、官僚制度の伝統は踏襲している。

科挙の歴史的な意義を振り返れば、科挙の廃止は権力の世襲化を意味することがわかる。現在の中国で「官二代」と呼ばれる高級官僚の子弟が貴族化するのは必然なのだ。

中国に世襲の皇帝がいなくなった現在では、事実上の世襲貴族がどれだけ誕生しようと、支配者にとっては大きな問題ではないのかもしれない。

統治システムとしての網絡

中国のインターネットはInternetではなく網絡[wǎng luò]である。

網絡は中国語でインターネットを表す言葉である。しかし網絡とインターネットは異なるのだ。中国のネット空間は中国風にアレンジされた特異な世界なのである。

中国のネット空間では我々の常識は通用しない。

例えば最近のブラウザはhttpから始まるURLへのアクセスを安全ではないと警告することがある。現在のネット空間は、暗号化通信に対応したhttpsから始まるURLへの移行期なのだ。

ところが中国では国策によりhttpがスタンダードだ。情報が暗号化されると検閲が困難になるからだと言われている。

世界の趨勢と逆行する中国のネット空間は何を意味しているのだろうか?

中国はインターネットを新たな統治システムとして再構成しようとしているのだ。

中国政府にとっての脅威

中国の歴史を振り返れば、政権が崩壊するパターンにはふたつあることが分かる。

ひとつは異民族との戦争である。

金、元、清は漢民族からすれば異民族国家だ。広大な中国を支配してきたのは漢民族だけではないのである。

もうひとつは農民反乱である。

中国では、ほとんどの王朝で巨大な農民反乱が起きていた。次に示す農民反乱は日本の世界史の教科書にも記載されているはずだ。

陳勝・呉広の乱(B.C.209年からB.C.208年)
赤眉の乱(18年から27年)
黄巾の乱(184年)
黄巣の乱(875年から884年)
紅巾の乱(1351年から1366年)
李自成の乱(1631年)
白蓮教徒の乱(1796年から1805年)
太平天国の乱(1851年から1864年)

これらは直接間接に王朝滅亡の原因になっている。

核保有国である中国の共産党政権が外国との戦争で滅びる可能性は少ない。

共産党政権が転覆するとすれば、国内の反政府運動がきっかけになると考えるのが順当だ。これは共産党政権自身も自覚している現状認識である。

つまり共産党政権にとって最大の脅威は中国の人民なのだ。

その人民の動きを察知し、行動をコントロールするシステムとしてインターネットを利用しようとしているのだ。

中国ではインターネット利用者の公的なIDと各種アカウントの紐付けが強化されている。

かつての中国ではネットサービスを利用する際にIDが要求されても、ダミーのID表を掲示しているサイトから任意のIDをコピペすれば、簡単にアカウントを作ることができた。

このようなことは現在の中国では非常に困難になっている。また一度アカウント作成に成功しても、その後何度もIDの確認を要求されるSNSサービスも存在する。

このようにしてネット利用者を厳密に特定することにより、誰がどのような情報に興味を持ち、どのような情報を発信しているかトレースできる環境が整えられつつあるのだ。

さらにスマホの普及により、個人情報をクラウドに保存する傾向が強まっている。このクラウドサービスも国内企業のサービスに事実上限定することにより、いつでも検閲が可能になっているのだ。

すでに多くの「危険人物」が特定され監視対象に置かれているという。

インターネットの利用は不都合な人物を特定するためだけに使われているわけではない。秘密裏に世論操作にも利用されているのだ。

網絡による世論操縦

中国のネット空間では政府批判が完全に封殺されているわけではない。

むしろ「情報統制が厳しい中国」という先入観を持って中国のウェブサイトを見ると、意外にも辛口の論評や批判を目にして驚くことになる。

しかし注意して読めばわかるように、辛口の論評には新たな情報は含まれていない。多くの中国人がすでに抱いている不満を代弁しているに過ぎないのだ。

今まで知られていなかった政府高官の蓄財や特権などが暴露されることはないのだ。

仮にそのような情報がアップロードされると、その情報はネット空間から排除される

中国のネット空間は一見すると政府批判が許される健全な場のように見えるが、本当に都合の悪い情報は巧妙に排除されているのだ。

また中国においては政府や官僚を批判する情報には一定の傾向がある。

悪は常に地方の役人、または非主流派の幹部なのだ。

「中央政府は一部の悪い役人を退治するために日々奮闘している」という図式から外れた情報は、ネット空間にもテレビ等のマスコミにも現れることはない。

悪い役人、悪い政府に対抗する組織として、民間の宗教団体や政治的な組織がクローズアップされるのではなく、正しい共産党、正しい中央政府が立ち現れるのが鉄則なのだ。

現在の中国では、中央政府への信頼感を人民の精神に浸透させるために、心理学や認知科学を利用した情報の選択と検閲が行われているのだ。

ネット上の情報を中国ほどコントロールしている国はないだろう。

もう一度言おう。

中国の網絡は中国が新たに発明しつつある統治システムなのだと。